K-ReaD( Kokugakuin University Researcher’s Achievement)

横山 謙一
法学部 法律学科
教授
Last Updated :2019/04/20

研究者基本情報

氏名

  • 氏名

    横山 謙一, ヨコヤマ ケンイチ

所属・職名

  • 法学部 法律学科, 教授

学位

  • 法学修士、DEA(Universite de Paris‐VIII‐St‐Denis)

本学就任年月日

  • 1981年04月01日

研究分野

  • 政治学、西洋政治史、フランス近現代政治史、フランス現代政治

研究活動

論文

  • 「フランス社会主義政党史研究序説第一部第三共和政前半期のフランス社会主義運動-マルセイユ「再建」大会からフランス統一社会党の結成まで-1879年~1905年(1)(2)」, 『東京都立大学法学会雑誌』, 第16巻2号、第17巻1号, 1976年01月01日, パリ・コミューン以降のフランス社会主義運動が,1879年のマルセイユ「再建」大会を経て如何に再建されたかを分析した論文である。再建されたフランス社会主義運動が如何にフランス的特殊性をその運動主体の社会=職業的構成と,地理的分布によって付与されたかを考察するとともに,「共和政」を社会主義の制度的前提と見た勢力がブーランジェ運動やドレーフェス事件を通してドイツの経済決定論的マルクス主義的社会主義の影響を受ける勢力と対立し,1905年まで社会主義勢力の統一が長引いた過程を実証した。
  • 「フランス労働総同盟(CGT) の第一次分裂」, 『労働運動史研究』, 第59号, 292, 318, 1976年06月01日, 労働旬報社, 1921年のフランス労働総同盟の分裂は,シェーマ的に理解されているような反戦派対戦争協力派,ボルシェヴィキ派対反ボルシェヴィキ派,改良主義派対革命派の分裂であったわけではなく,伝統的なサンディカリズムの内部の将来構想の齟齬から生じたことを,労組員の社会的=職業的構成や地理的分布等の社会史的方法をもちいて実施した。
  • 「ジャン・ジョレースとフランス社会主義運動 第一部(1)(2)」, 『東京都立大学法学会雑誌』, 第21巻1号、第21巻2号, 1980年07月01日, フランス社会党の創始者の一人であり,二十世紀最大の歴史家の一人であり,近年本来の専門である哲学分野でも再評価を受けているジャン・ジョレースの生涯についてのわが国最初の本格的総合研究であり,特に冒頭部では彼の政治的オリエンテーションを根本的に決定したのは南フランス・ラングドックの歴史的文化的土壌であることを実証的に裏付けた。
  • 「戦後日本の総選挙と社会主義諸政党(1)(2)(3)」, 『國學院法學』, 第19巻第1・2号、第20巻第2号, 1981年02月01日, 國學院大學法学会, 戦後再出発した日本の社会主義諸政党は特に日本社会党は,戦前の無産政党と断絶されたものではなく,かなりの連続性が選挙地盤や人脈など多くの点で存在したことを主として数量によって分析して明らかにした。また日仏の社会主義政党の数量的比較を行う資料等を末尾に添付した。
  • 「初期ドレーフュス事件史の研究(1)(2))」, 『國學院法學』, 第19巻第3号、第24巻第1号, 1981年11月01日, 國學院大學法学会, ドレーフュス事件がフランスと世界を席巻する大事件に発展する以前の法律上の問題として再審をあらそわれる時代のこの事件を実証的に分析し,あまりに明白な誤判事件の再審がなぜ陸軍首脳部によって頑に拒否され,政治的大事件へと展開したかを解明する。またフランスにおけるユダヤ人や反ユダヤ主義の歴史をフォローしてこの事件の根底に横たわる大きな問題を考察し,いまだ定説の無い真犯人像の究明にまで及ぶ。
  • 「アルビ高等中学校教授時代のジャン・ジョレース」, 『國學院法學』, 第20巻第4号, 165, 185, 1982年02月01日, 國學院大學法学会, 高等師範学校を卒業して間もなくの,アルビ国立高等中学校教授時代のジョレースが彼の哲学倫理を如何に形成していったか等を,歴史叙述的方法で考察した。
  • 「青年代議士ジャン・ジョレースの誕生」, 『國學院法學』, 第20巻第4号, 273, 302, 1983年03月01日, 國學院大學法学会, フランス社会党の最高の指導者であったジョレースは,大学講師の地位を捨てて共和派の代議士に転身した。この転身をフランス政治全体の状況の中で分析し,この時代のジョレースの共和主義思想がどのような時代背景によって醸成されたものであったかを考察した。また彼を議員に選出した選挙区のタルン県の地理的社会経済的分析とこの選挙の結果の分析をも行った。
  • La Fédération de la Seine de la SFIO et les amis de Jaurès. 1905-1914.(DEA論文), 『國學院法學』, 第36巻第3号, 1, 26, 1988年12月01日, 國學院大學法学会, ジャン・ジョレースがフランス社会党=SFIOの党内において,教条的・機械的決定論のゲード派グループに対抗できたのは,伝統的に非マルクス主義的急進社会主義派,サンディカリストグループなどの影響が根強いセーヌ県連合の支持を継続的に得ていたからであることを示した。上記の説を証明するうえで,イデオロギー的・政治指導的要因のみの検証に留まらずに,SFIOセーヌ県連合の指導者,各級議員,党員の社会=職業的構成や地理的分布を分析する「下からd'en bas」の社会史的方法を採用して,分析方法を深化させた。仏文の論文。
  • 「ジャン・ジョレースのフランス革命論」, 『國學院法學』, 第26巻第4号, 59, 82, 1989年03月01日, 國學院大學法学会, フランス革命の歴史的研究の古典的名著であるジョレースの『社会主義者のフランス革命史』が『社会主義者のフランス史』を構成する12巻の内の4巻として成立した事情を解明し,アナール派歴史学の先駆ともなったこの大著の構成と歴史叙述の特質と歴史学上の位置付けについて考察した。
  • パターナリズム研究会「法・共同体・道徳(三・完)」第二部第三章 , 『國學院法學』, 第29巻第3号, 123, 132, 1992年02月01日, 國學院大學法学会, 服部高宏、横山謙一, R.ドゥオーキンの弟子であるウォルドンが,リベラリズムに対するコミュニタリアニズムの攻撃に対抗するために,コミュニタリアニストが提示した問題や論点を内在的に論議し,批判的に止揚したかをしめした。
  • 「共和派新人議員時代のジョレース」, 『國學院法學』, 第30巻第4号, 423, 450, 1993年03月01日, 國學院大學法学会, 1885年の総選挙で与党共和派の議員として当選したジョレースが議員としてどのような立法と政治的課題に取り組んだり直面したりしたかを考察するとともに,当時の国会議員の世界を社会史的に分析した。また彼の結婚問題を契機にラングドック地方タルン県の若い男女の性と婚姻をめぐる社会的風習・風俗をも社会史的分析視角からアプローチした。
  • 「ダントンとエベール」, 別冊歴史読本特別増刊『大ナポレオン百科』, 211, 218, 1993年12月01日, ダントンとエベールはジャコバン独裁時代に左右の異なったイデオロギー的立場から激しい党派闘争を展開した両派の領袖である。最終的にはロベスピエール派の粛清によって葬り去られる彼らの偏見のない実像と歴史的意義の再確認の作業を本論で展開した。
  • 「サン・ジュストとフーシェ」, 11, 20, 1994年07月01日, Comité de Saint-Just, サン=ジュストは「革命の大天使」と呼ばれた白晢の美青年としてフーシェはシュテファン=ツヴァイクによって節操の無い政治的変節を繰り返した「冷血動物」として描かれ,こうしたイメージがかなり定着している。こうした物語的や神話的イメージを脱却して歴史的パーソナリティーの実像に迫るべく,最新の批判的研究を総合する作業を本論では手懸けた。
  • 「社会主義に到達したジャン・ジョレース-社会主義派代議士の誕生-」, 『國學院法學』, 第32巻第4号, 227, 269, 1995年03月01日, 國學院大學法学会, 1889年の総選挙で落選するまで共和派の青年代議士であったジョレースが如何にして社会主義派の議員に辿り着いたかを,トゥルーズ大学の哲学講師,『デペッシュ・ドゥ・トゥルーズ』紙のジャーナリスト,トゥルーズ市の市議会議員・助役としての活動,さらにはこの時期に書かれた彼の国家博士授与論文の内容の分析と1889年・1893年の選挙結果の分析を通して解明する。
  • 「カルモーの炭鉱労働者・硝子労働者とジャン・ジョレース〔1〕」, 『國學院法學』, 第33巻第4号, 109, 139, 1996年03月01日, 國學院大學法学会, 社会主義派代議士ジャン・ジョレースの故郷タルン県北部にあるカルモー炭鉱は1889年の補選以来のジョレースの選挙区であった。また硝子壜製造労働者の工場もここにあり、両者のストライキをジョレースは支えた。本稿ではそれら炭鉱労働者と硝子瓶製造労働者の社会史と社会運動史を描いた。
  • 「三年兵役法とフランス社会党」, 『國學院法政論叢』, 第20輯, 1, 54, 1999年03月01日, 國學院大學大学院法学研究科, 1913年の兵役延長法に対するフランス国民の反応と態度について数量的分析を行って戦争に対する国民意識の深層にアプローチした。
  • 「再燃するドレーフュス事件 初期ドレーフュス事件小史」, 『國學院法學』, 第36巻4号, 57, 100, 1999年03月01日, 國學院大學法学会
  • 「断章-エステラジーの謎 1896年まで」, 『國學院法政論叢』, 第21輯, 1, 31, 2000年03月01日, 國學院大學大学院法学研究科
  • 「カンバセレスと参事院(コンセイユデタ)-國學院所蔵カンバセレス文書を通してみた傍聴官制度auditoratを中心に-」, 『國學院法學』, 第40巻第3号(法学部創設40周年記念号), 109, 165, 2003年03月01日, 國學院大學法学会
  • 「1896年のジャン・ジョレースと労働者インターナショナル・ロンドン大会」, 『國學院法政論叢』, 第26輯, 1, 32, 2005年03月01日, 國學院大學大学院法学研究科, 1896年はフランス社会主義運動が選挙勝利の祝宴においてミルランが公表したサン・マンデ綱領とアナーキスト・サンディカリストとの抗争の場となるインターナショナル・ロンドン大会によって節目づけられる年となった。本稿はこの年におけるジャン・ジョレースの政治的活動について、とりわけ労働者インターナショナル・ロンドン大会の場における彼の行動を中心に叙述した。またこの時代におけるインターナショナル大会の構造と機能についての社会史的分析をも併せて行った。
  • 「1898年のドレーフュス事件とジャン・ジョレース ゾラ裁判篇-ゾラの「私は弾劾する」とゾラ裁判をめぐって-」, 『國學院法政論叢』, 第27輯, 1, 35, 2006年03月01日, 國學院大學大学院法学研究科, 1898年はドレーフュス事件がまさに国論を二分し、本物の内乱のような状況にフランスをおとしいれた年であった。1月には文豪ゾラの「私は弾劾する…!」とそれに引き続くゾラ裁判が、7月にはカヴェニャック陸相の議会での演説とジョレースの反論が、そしてアンリ大佐の証拠偽造自白と自殺がフランスを大きく揺さぶった。本篇は前者を叙述し分析した。続篇は次号に掲載する。
  • 「1898年のドレーフュス事件とジャン・ジョレース-ゾラの「私は弾劾する」とジョレースの「証拠」をめぐって-後篇 カヴェニャック演説とジョレースの「証拠」」, 『國學院法政論叢』, 第28輯, 1, 34, 2007年03月01日, 國學院大學大学院法学研究科, 1898年はドレーフュス事件がまさに国論を二分し、本物の内乱のような状況にフランスをおとしいれた年であった。1月には文豪ゾラの「私は弾劾する…!」とそれに引き続くゾラ裁判が、7月にはカヴェニャック陸相の議会での演説とジョレースの反論が、そしてアンリ大佐の証拠偽造自白と自殺がフランスを大きく揺さぶった。前編はゾラの「私は弾劾する」と引き続くゾラ裁判がフランス社会に与えたインパクトを分析したが、本篇(後篇)ではカヴェニャック演説とその論拠を打ち砕いたジョレースの「証拠」について叙述した。
  • 1899年ジャッピーJapy大会(フランス社会主義諸組織全体大会)の研究 -19世紀末のフランス社会主義運動とジャン・ジョレース:分岐から統一へ- 前篇:ジャッピー大会の数量的研究, 國學院法政論叢, 第29輯, 2008年03月10日, 國學院大學大学院, ジャッピー大会という名で呼ばれる1899年の「フランス社会主義諸組織全体大会」は、フランス最初の統一社会主義政党建設のための第一歩として、1905年に統一社会党SFIO結党へのステップとして知られている。この大会の後に第2回大会であるヴァグラム大会が、1901年に第3回リヨン大会が開かれるが、ミルラン入閣問題の評価をめぐって、社会主義勢力は二極に分裂し、統一社会党の結成は実現せず、2つの社会党が誕生する。その後4年を経て統一社会党が結成される。本篇はこの大会の数量的分析であり、1899年の時点でのフランス社会主義勢力の地理的・社会=職業的構造を明確にすることで、「分裂」の背景を明らかにした。
  • 1899年ジャッピーJapy大会(フランス社会主義諸組織全体大会)の研究 -19世紀末のフランス社会主義運動とジャン・ジョレース:分岐から統一へ- 後篇:ジャッピー大会のクロノロジカルな研究(1), 國學院法政論叢, 第30輯, 2009年03月10日, 國學院大學大学院, ジャッピー大会という名で呼ばれる1899年の「フランス社会主義諸組織全体大会」は、フランス最初の統一社会主義政党建設のための第一歩として、1905年に統一社会党SFIO結党へのステップとして知られている。この大会の後に第2回大会であるヴァグラム大会が、1901年に第3回リヨン大会が開かれるが、ミルラン入閣問題の評価をめぐって、社会主義勢力は二極に分裂し、統一社会党の結成は実現せず、2つの社会党が誕生する。その後4年を経て統一社会党が結成される。本篇はこの大会のクロノロジカルな分析であり、大会での入閣支持派と入閣反対派の論争の論点を解明した。
  • 1899年ジャッピーJapy大会(フランス社会主義諸組織全体大会)の研究 -19世紀末のフランス社会主義運動とジャン・ジョレース:分岐から統一へ- 後篇:ジャッピー大会のクロノロジカルな研究(2) , 國學院法政論叢, 第31輯, 2010年03月10日, 國學院大學大学院, ジャッピー大会という名で呼ばれる1899年の「フランス社会主義諸組織全体大会」は、フランス最初の統一社会主義政党建設のための第一歩として、1905年に統一社会党SFIO結党へのステップとして知られている。この大会の後に第2回大会であるヴァグラム大会が、1901年に第3回リヨン大会が開かれるが、ミルラン入閣問題の評価をめぐって、社会主義勢力は二極に分裂し、統一社会党の結成は実現せず、2つの社会党が誕生する。その後4年を経て統一社会党が結成される。本篇はこの大会のクロノロジカルな分析であり、大会での入閣支持派と入閣反対派の論争の論点を解明した。
  • 1900年の労働者インターナショナル・パリ大会とヴァグラム大会Congrès de Wagram (第2回フランス社会主義諸組織全体大会Deuxième Congrès général des Organisations socialistes français)――1900年のジャン・ジョレースとフランス社会主義運動――, 國學院法政論叢, 第32輯, 1, 19, 2011年03月10日, 國學院大學大学院
  • 1900年の社会主義インターナショナル・パリ大会とヴァグラム大会Congrès de Wagram(第2回フランス社会主義諸組織全体大会Deuxième Congrès général des Organisations socialistes français) : 1900年のジャン・ジョレースとフランス社会主義運動(後篇)ヴァグラム大会とジャン・ジョレース, 國學院法政論叢, 第33輯, 1, 24, 2012年03月10日, 國學院大學大学院
  • レンヌ判決以降のドレーフュス事件とジャン・ジョレース : 1903年4月6日・7日の代議院Chambre des députésでの演説まで , 國學院法政論叢, 第34輯, 1, 16, 2013年03月10日, 國學院大學大学院
  • 1901年のリヨン大会Congrès de Lyon(第3回フランス社会主義諸組織全体大会Troisième Congrès général des Organisations socialistes français)とジャン・ジョレース――1901年のジャン・ジョレースとフランス社会主義運動―― 前篇:リヨン大会第1日第2回全体会議まで, 國學院法政論叢, 第35輯, 1, 18, 2014年03月10日, 國學院大學大学院
  • レンヌ裁判とジャン・ジョレース : 1899年のドレーフュス事件とフランス社会主義運動, 国学院法学, 第50巻第4号, 273, 296, 2013年03月01日, 國學院大學法学会
  • 1898年総選挙とジャン・ジョレース――タルン県アルビ第2区の選挙結果と社会主義派代議士ジョレースの落選――, 国学院法学, 第51巻第4号, 287, 308, 2014年03月01日, 國學院大學法学会
  • 1901年のリヨン大会Congrès de Lyon(第3回フランス社会主義諸組織全体大会Troisième Congrès général des Organisations socialistes français)とジャン・ジョレース : 1901年のジャン・ジョレースとフランス社会主義運動;後篇:リヨン大会第2日第1回全体会議から第3日第2全体会議まで, 国学院法政論叢, 36, 2015年03月01日, 国学院大学
  • 1906年の破毀院最終判決とドレーフュスの無罪確定 -ドレーフュス事件とジャン・ジョレース-, 國學院法學第52巻第2号, 1, 10, 2014年09月01日, 国学院大学法学会
  • 1902年のフランス社会党Parti socialiste francais 第4回トゥール全体大会とフランス社会党PSFの創立 : フランス社会党右派PSFとジャン・ジョレース, 國學院法政論叢 , 第37輯, 1, 32, 2015年03月31日, 国学院大学

Misc

  • アニー・クリエジェル著『フランス共産党の政治社会学Ⅰ』, 1982年11月01日, お茶の水書房, フランス共産党の政治的構造と機能を社会学的民俗学手法を用いて分析した名著の翻訳である。党員や支持者の社会的構成から手懸けて党大会での政策や人事の決定が実は上からの指導が如何に貫徹しているかなど「秘話」的に叙述されてきた党内機構の実態的分析を,科学的,客観的方法で分析するのに成功している。
  • 『性のプリズム』, 49, 86, 1987年08月01日, 勁草書房, 二十世紀に画期的な新しい歴史学の方法を確立したアナール学派の総帥マルク・ブロック等にさえ,性的偏見のプリズムから自由ではなかったことをこの論文の著者は指摘している。また近代社会で増幅されたこの偏見をグレゴワール・ドゥ・トゥールの「フランク族の歴史」に観られる歴史的事実認識から批判している。
  • 『フランス革命年代記』, 1989年07月01日, 日本評論社, 現代におけるフランス革命の代表的研究家であるJ.ゴデショによるフランス革命期のクロノロジーの翻訳である。これまで特にテルミドール9日以降はあまり知られていない歴史過程の詳細について,著者独自の視点から集大成した興味深い「年代記」であり単なる「年表」の域を遙に越えた著作である。共訳に付き物の不統一を避けるため数度に渡る一日がかりの検討作業をへた作品である。
  • シャテル ド ブランシオン博士講演記録「カンバセレスと帝国大貴顕官」, 『國學院法政論叢』, 第22輯, 67, 80, 2001年03月01日, 國學院大學大学院法学研究科
  • 『ナポレオン年代記』, 2001年04月01日, 日本評論社, ナポレオン期についての詳細なクロノロジーである。
  • 「カンバセレスと民法典-民法典誕生の歴史的コンテクスト-」, 『國學院法學』, 第40巻第3号, 101, 111, 2002年12月01日, 國學院大學法学会

著書等出版物

  • 清水望先生還暦記念論文集『憲法の制度と思想』収録論文題名「フランスの政教分離」, 成文堂, 1984年11月01日, 大越康夫、千葉眞、西修、角賛晃、滝沢信彦、高野清弘、森田友喜、小平修、渡辺重範、石田榮仁郎、石田光義、山崎博久、網中政機、山本武彦、小林昭三、横山謙一, フランスの政教分離がフランス革命のイデーから生成し,第三共和政期の穏健共和派のジュール・フェリーとワルデク=ルソー,ならびに急進派のエミール・コンブの政教分離政策によって定着したもので,フランス,カトリック教会の弱体化に乗じて実施された政策ではなく,逆に『ラリマン政策』やドレーフュス事件に端的に示されるカトリック教会が旧態依然とした固陋な姿勢に執着し,勢力を着実に伸張させていたことに対する共和政の防衛的・受動的政策であったことを証明した。
  • 『1930年代危機の国際比較』, 法律文化社, 1989年07月01日, 石川捷治、高橋進、亀井絋、具島兼三郎、横山謙一, 執筆担当部分は1930年代の独・伊・墺・仏・英・日の政治危機を扱う諸編の中の仏についての一篇である。フランスが1930年代のファシズムの攻勢を跳ね返して反ファッション人民戦線政府を樹立することが出来たのは,フランス革命の伝統を受け継ぐ自立した小生産者の民主主義が存在したからであると説く。その危機の根源を1920年代から分析を着手し,フランス右翼とファシズム勢力,さらに仏の左翼勢力の特徴を解明しこの時代のフランス政治の構造的分析にまで及ぶ。
  • 留学生のための短期教材『日本の政治』, 山川出版社, 1992年03月01日, 加藤哲郎、瓜生洋一、谷和明、横山謙一, 日本政治の特質を西欧的合理主義の普遍性を形では追い求めながら,内実において似て非なる『異質的』な政治構造に陥ってしまったかを,天皇制,教育,マスコミ等の分析を通じて解明しようと試みた。
  • 『現代社会とパターナリズム』, ゆみる出版, 1997年10月01日, 沢登俊雄、花岡明正、平林勝政、他, 現代社会の法の概念として重要なパターナリズムについての多元的多角的分析。
  • Cambacérés, fondateur de la Justice moderne, 2001年05月01日

講演・発表

  • Kowashi Inouë, Diciple de Cambacérès, 2000年05月01日, Colloque Bicentenaire de Création de la Magistrature Moderne‐Cambacérès, モンペリエ市とモンペリエ第一・第三大学が組織した学会(学術討論会)に招待された際の報告である。この中で筆者は井上毅がボワソナードと協力して明治初期に導入したナポレオン期の法・政治システムの内容と意義について紹介した。特に民法典・刑法典・治罪法典等の法典編纂作業、参事院・元老院等の政治制度、司法制度が如何なる形で明治初期の日本に導入されたかを検討した。報告集はモンペリエ市によって近刊予定。

その他

  • 「カルモーの炭鉱労働者・硝子労働者とジャン・ジョレース(1)」, 『國學院法學』, 第33巻第4号, 國學院大學法学会, 1996年03月01日, 109, 139
  • 『小学館百科全書CD-ROM版』, 小学館, 1997年05月01日
  • 『小学館日本大百科全書』, 小学館, 1997年05月01日
  • 編集・翻訳:「國學院大學創立120周年学術事業 ナポレオンの大法官カンバセレス Cambacérés,Archichancelier de Napoléon.cd-rom版」, 國學院大學刊行, 2002年08月01日
  • 「革命から和解へ カンバセレス回想録刊行によせて-サン=ジュストの時代とその後-」, サン=ジュスト研究会/ユニ・カレッジ主催(於 岩波セミナールーム), 2003年12月01日
  • 解題・訳・訳注:「カンバセレスと司法についての15の論題 」, 『國學院法政論叢』, 第25輯, 國學院大學大学院法学研究科, 2004年03月01日, 1, 18
  • ドレーフュス事件の真犯人さがし-モーリス・パレオローグの『ドレーフュス事件日記』をめぐって-, 国学院法学第49巻4号, 4, 国学院大学, 2012年03月01日, 1, 15

教育活動

担当授業

  • 地域研究入門, 2019, 現代ヨーロッパ諸国の政治を深く知るには、政党政治や政治制度、政治過程だけではなく、政治文化と歴史的背景を学ばなければならない。また焦眉の問題となっているヨーロッパ共同体の政治についても認識を深める必要がある。これからの時代はイギリス、フランス、ドイツ、ロシアのような主要国ばかりではなく、ヨーロッパのそれ以外のヨーロッパ諸国の経済的・政治的・軍事的にをも学ばなければ片手落ちになり、世界を充分に認識したことにはならない。そこで現代ヨーロッパ諸国の政党と議会政治について調べて学んでみよう。
  • 地域研究(現代欧州の対立と紛争), 2019, イギリスのBREXITや加盟各国内部でのポピュリズム運動の高まりによるヨーロッパ共同体EUからの離脱の動向やNATOとロシアの対立、アメリカトランプ大統領の保護主義政策とヨーロッパ共同体共同市場の開放政策との軋轢など現代世界への動揺が強まっている。ヨーロッパ各国においてもイギリスでのスコットランドや北アイルランドそしてスペインにおけるカタルーニャの独立を求める運動などの地域分離の動きが政治的不安定要因として存在している。これらの
  • 西洋政治史A, 2019, 本年の政治学特講(政治と革命)はフランス革命を中心的テーマとして位置づけながら、同時代の新大陸およびヨーロッパの諸国家の革命と関連させて解説・分析していく。| まず、最初の3回の授業を導入部として、「革命とはなにか」を理論的に定義づけたうえで、主要な革命を列挙し、それらの特質を歴史的に比較分析する。特に、アメリカ独立革命とフランス革命を環大西洋革命のなかに位置づけ、全体的視座で分析する。|| 続いて、フランス革命の政治過程をとりあげる。フランス革命をヨーロッパ全体ばかりか、新大陸やアジア・アフリカまでの政治・思想・文化に大きな影響を及ぼした最も典型的市民革命と評価しつつ、環大西洋革命にふくまれる諸国民の革命と比較検討・分析しながら総合的に詳細に検討・分析する。
  • 西洋政治史B, 2019, 西洋政治史Bはフランス第3共和政の政治史について、説明し解説する。|フランス第3共和政は独仏戦争の敗戦の結果誕生し、パリコミューンを経て王政復古の危機に見舞われながらも、約10年を経て安定した共和政が実現する。ブーランジェ事件やパナマ事件、ドレーフュス事件をへて、穏健派のオポルチュニスト共和政から急進党主体の政権が確立する。第1次世界大戦の時代あとに、ブロックナショナル政権からカルテル・デ・ゴーシュ(左翼カルテル)を経て、ファシズムの脅威にもさらされながら、ブルム人民戦線内閣が樹立される。しかしミュンヘンの宥和以降共和政は不安定な時代を迎え、第2次世界大戦の緒戦における敗戦でフランス第3共和政は崩壊する。約70年に及ぶフランス第3共和政の政治史をこの講義では分かりやすくかつ詳細に成立から崩壊までについて講義を行う。| 授業形態はコンピュータの画面をプロジェクターでスクリーンに映写するスライドショーを中心として展開する。
  • 政治学特殊講義(政治と革命), 2019, 本年の政治学特講(政治と革命)はフランス革命を中心的テーマとして位置づけながら、同時代の新大陸およびヨーロッパの諸国家の革命と関連させて解説・分析していく。| まず、最初の3回の授業を導入部として、「革命とはなにか」を理論的に定義づけたうえで、主要な革命を列挙し、それらの特質を歴史的に比較分析する。特に、アメリカ独立革命とフランス革命を環大西洋革命のなかに位置づけ、全体的視座で分析する。|| 続いて、フランス革命の政治過程をとりあげる。フランス革命をヨーロッパ全体ばかりか、新大陸やアジア・アフリカまでの政治・思想・文化に大きな影響を及ぼした最も典型的市民革命と評価しつつ、環大西洋革命にふくまれる諸国民の革命と比較検討・分析しながら総合的に詳細に検討・分析する。
  • 政治学特殊講義(第1次世界大戦と欧州政治), 2019, 第1次世界大戦の勃発とその政治的・社会経済的結果は、ヨーロッパの政治の構造を大きく変貌させた。なぜ第1次世界大戦は起きたのかを大戦前夜のフランスを中心としたヨーロッパ諸国の国際政治と国際関係の構図を掘り下げて考察し、さらに大戦の開戦過程の分析を最初に説明する。次に最初の「総力戦」と呼ばれた第1次世界大戦はそれ以前の戦争といかにその相貌と構造が変化したのかを解説する。さらに大戦の過程において戦闘員の日常や市民の生活がどのようなものであったかを詳細に考察する。そして戦争の結果ロシア革命が起きてソビエト連邦が成立し、ヴェルサイユ講和条約の締結によって生まれた賠償問題は両大戦間期に重大な不安定要素をもたらしたが、その結果についても深い考察を行う予定である。

オフィスアワーの実施時期・曜時

  • 2018

学外活動

学協会活動

  • 日本政治学会, 1978年10月
  • Societe d'Etudes jauresiennes, 1979年03月
  • フランス社会経済史学会, 1981年06月, 1982年03月
  • カンバセレス研究会, 1989年07月
  • フランス革命研究会, 1992年07月, 2010年08月
  • パターナリズム研究会, 1994年03月
  • 日本比較政治学会, 1998年05月, 2016年07月
  • Societe internationales d'histoire d'affaire Dreyfus, 1998年10月