2019, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、ソクラテス以前の哲学とプラトン哲学の基本的動向をたどる。| 客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2019, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、アリストテレス哲学およびヘレニズム哲学、新プラトン主義の基本的動向をたどるとともに、古代ギリシアの知がヘレニズム時代を経て中世思想のなかにいかに貫流しているかを明らかにすることを目指す。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2019, 古典ギリシア語文法の基礎をゆっくりと丁寧に学ぶ。よく知られたギリシアの格言や名文句(文学・哲学・歴史・科学など、幅広い分野からの文例を紹介する予定)を味わいつつ、わかりやすい解説をまじえて文法を確認する。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているため、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があることだろう。| テキストには、古典ギリシア語習得に必携の書『ギリシア語入門』(田中美知太郎・松平千秋,岩波全書)を用いる。毎回の授業には、テキストに付された練習問題の宿題が課せられるが、この積み重ねにより一年を通して基本的なギリシア語原典(プラトン、アリストテレス、クセノポン、ヘロドトス、ソポクレス、新約聖書など)を読む力を身につけることができる。ぜひとも積極的に取り組んで欲しい。時には古代ギリシア音楽や関連映像なども紹介する予定である。
2019, -
2019, 古典ギリシア語入門(1)を履修済み(「ギリシャ語I(1)」単位取得者)であることが受講の条件です。|まずは基本的なアルファベットが把握できており、初歩的な動詞や名詞等の活用が理解できているだけで構いません。文法に自信がない人でも十分についていけるよう丁寧に解説します。前半はギリシア語文法の基本を身につけ、後半からは基本的なギリシア語原典の中から興味深い抜粋を取り上げる予定で、毎回の予習範囲は数行程度とし、楽しんでテキスト講読に臨めるよう工夫をするつもりです。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているので、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があるでしょう。古典語や西洋思想に興味がある人の積極的な参加をお待ちしています。
2019, 「哲学を学ぶことはできない」としばしば言われてきたが、学びの本質とは何か。学びの難しさを説いたプラトンが、「恋すること」が哲学であるとし、哲学の方法を「問答法」として示した真意はどこにあるのか。本演習はプラトンの著作のなかで、「学び」とは何か、哲学が何を求める学であるのかに関して重要な著作、『饗宴』および『メノン』を読み解きたい。|『饗宴』では、「恋」の位置づけをめぐり、哲学における知の希求へと議論が展開されてゆく。「恋」について古代ギリシアの知識人たちはどのように考えたのか。そしてプラトンが当時の恋愛観を踏まえて、「恋」の本質が「哲学」であるとした理由はなにか。「恋」についての「語り」を哲学するプラトンの面白さをテキストに基づいて確認してゆきたい。『メノン』では、「徳が教えられるのか」というメノンによる差し迫った問いかけから著作が始められている。唐突なこの問いをソクラテスとともに検討しながら、中期思想に向けての重要な出発点となっている学びの問題を突き詰めていきたい。|(演習参加者は各々担当する範囲を決め、担当箇所を要約してくること。)
2019, 本講義では、初期ギリシアからガレノスに至るまでの医学思想史を辿りながら、「病い」についての関連テキストを吟味する。「病い」の問題は、古代ギリシアにおける様々なコンテクストの中で多様に語られてきたが、とりわけ哲学的な知の成立と密接な関係の中で論じられてきたことに注目したい。身体と魂の相関性の問題、および臨床知の成立の問題などを踏まえて、「病い」と「健康」の境界がいかに語られたか、そして「病い」を癒すべく「医術知」がどのように位置づけられたのか、その思想史的展開を明らかすることが本講義の目的である。「病い」を通して語られる「正常」と「異常」の揺らぎについて考察することは、人間存在に関する根本的な問いと向き合う契機に他ならないと言えよう。
2019, 本講義では、古代ギリシアの文化的・哲学的背景の中で「死」がいかに理解されてきたかをさまざまな資料に基づいて明らかにする。「生きる」ということは、「死」と切り離されるものではなく、「死」を見つめることによって「生」がよりリアルなものとして受け止めなおされる。古代ギリシアにおいても、神話の世界においてであれ、哲学議論においてであれ、「死」をいかに捉えるかということは、まさに人間存在を描く際の最も重要なテーマであった。死後の世界をいかに描くか、死はわれわれにとって何なのか。この生と死の連続性の問題を、神話の時代からヘレニズム期に至るまでの、それぞれの思想史的な基盤に立って概観する。「輪廻転生」や「ソクラテスの死」、「自殺論」なども視野に置いて検討したい。
2019, 世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。|| 前期の基礎演習で扱うのは、とりわけ「友愛、友情」についてである。アリストテレスはどんなに徳のある人でも友がいないと何の価値もないと述べている。果たしてその根拠はどこにあるのか。友がいなくとも有徳な人は幸せなはずではないのか。しかし友は自分を映す鏡のように照らし出す存在であり、友は「第二の自己」であるとアリストテレスは考える。また、自己と友の関係性は利己・利他の観点からどのように捉えることができるのかも本演習で検討したい。「友の為といっていても結局は自分の為である」といった利己主義的な立場も、「究極的に純粋に友の為である」という利他主義的な立場も、そのどちらの可能性も視野に入れてアリストテレスの「自己愛」論を読む必要がある。前期<友愛論>と後期<正義論>の基礎演習全体を通して、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
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2019, 世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。|| 後期の基礎演習では、アリストテレス『ニコマコス倫理学』における「正義論」を中心に倫理学の諸問題を検討する。サンデルのハーバード大学「白熱講義」で話題になった正義論は記憶に新しい。そこでは現代倫理学および政治哲学の四つの立場が紹介されていた。功利主義、リベラリズム、リバタリアニズム、共同体主義である。これら四つの立場のうちサンデルは、共同体主義の立場から考察している。そして先に指摘したように、その起源には、「人間はポリス的(社会的)動物である」と語ったアリストテレスのニコマコス倫理学がある。社会的正義を重視しながら、善や幸福を共同体の中での他者との関係性から読み解くアリストテレス倫理学は現代に生きるわれわれにとって示唆的である。この基礎演習を通して古典読解の面白さを味わいつつ、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
2019
2020, <本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と講義資料を利用した遠隔授業を組合せて実施する。>|万学の祖と言われるアリストテレスの『形而上学』(τὰ μετὰ τὰ φυσικά=第一の哲学ἡ πρώτη Φιλοσοφία, Metaphysics)を前期に、後期には『魂について』(περὶ ψυχῆς)を取り上げて、それぞれ著作のいくつかの箇所を抜粋して読み解く。「全ての人間は、生まれつき、知ることを求める」(980a21)という『形而上学』冒頭は、「哲学(=知の希求)」の出発点として、明晰な知へ向けての発動を促し、「知ること」の意味が問い直される重要な一文であろう。本演習前期ではこの冒頭から出発して、哲学史を扱うA巻およびZ巻の実体論を読みながら、存在について問い直すアリストテレス哲学の面白さを味わって欲しい。また後期には、心の問題について考察された『魂について』の第1巻と2巻を中心に取り上げて、アリストテレスは先人達の魂理解の何を批判してどのようなアプローチをとったのか、そして心をどのように定義したのかを読み解く。心と身体の心身二元論とは異なったアリストテレス魂論の枠組みを学んで欲しい。|(演習参加者は各々担当する範囲を決め、担当箇所を要約してくること。)
2020, <本授業は、主にZoom を利用した双方向型授業として実施する。>|古典ギリシア語入門を履修済み(「ギリシャ語I」単位取得者)であることが受講の条件です。|受講にあたっては、基本的なアルファベットが把握できており、初歩的な動詞や名詞等の活用が理解できているだけでまずは構いません。文法に自信がない人でも講読に十分についていけるよう丁寧に解説します。今年度は、様々なギリシア語原典の中から抜粋して有名な印象深い箇所をいくつか厳選し、取り上げる予定です。また、受講者の希望に合わせてテキストを決定します(プラトン、アリストテレス、クセノポン、ヘロドトス、ソポクレス、新約聖書など)。毎回の予習範囲は数行程度とし、楽しんでテキスト講読に臨めるよう工夫をするつもりです。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているので、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があるでしょう。古典語や西洋思想に興味がある人の積極的な参加をお待ちしています。
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2020, <本授業は、主にZoom を利用した双方向型授業として実施する。>|古典ギリシア語入門を履修済み(「ギリシャ語I」単位取得者。ギリシャ語II,IIIの単位が未習得の場合も可)であることが受講の条件です。|受講にあたっては、基本的なアルファベットが把握できており、初歩的な動詞や名詞等の活用が理解できているだけでまずは構いません。文法に自信がない人でも講読に十分についていけるよう丁寧に解説します。今年度は、様々なギリシア語原典の中から抜粋して有名な印象深い箇所をいくつか厳選し、取り上げる予定です。また、受講者の希望に合わせてテキストを決定します(プラトン、アリストテレス、クセノポン、ヘロドトス、ソポクレス、新約聖書など)。毎回の予習範囲は数行程度とし、楽しんでテキスト講読に臨めるよう工夫をするつもりです。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているので、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があるでしょう。古典語や西洋思想に興味がある人の積極的な参加をお待ちしています。
2020, <本授業は、主にZoom を利用した双方向型授業として実施する。>|世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。|| 前期の基礎演習で扱うのは、とりわけ「友愛、友情」についてである。アリストテレスはどんなに徳のある人でも友がいないと何の価値もないと述べている。果たしてその根拠はどこにあるのか。友がいなくとも有徳な人は幸せなはずではないのか。しかし友は自分を映す鏡のように照らし出す存在であり、友は「第二の自己」であるとアリストテレスは考える。また、自己と友の関係性は利己・利他の観点からどのように捉えることができるのかも本演習で検討したい。「友の為といっていても結局は自分の為である」といった利己主義的な立場も、「究極的に純粋に友の為である」という利他主義的な立場も、そのどちらの可能性も視野に入れてアリストテレスの「自己愛」論を読む必要がある。前期<友愛論>と後期<正義論>の基礎演習全体を通して、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
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2020, <本授業は、主にZoom を利用した双方向型授業として実施する。>|世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。|| 後期の基礎演習では、アリストテレス『ニコマコス倫理学』における「正義論」を中心に倫理学の諸問題を検討する。サンデルのハーバード大学「白熱講義」で話題になった正義論は記憶に新しい。そこでは現代倫理学および政治哲学の四つの立場が紹介されていた。功利主義、リベラリズム、リバタリアニズム、共同体主義である。これら四つの立場のうちサンデルは、共同体主義の立場から考察している。そして先に指摘したように、その起源には、「人間はポリス的(社会的)動物である」と語ったアリストテレスのニコマコス倫理学がある。社会的正義を重視しながら、善や幸福を共同体の中での他者との関係性から読み解くアリストテレス倫理学は現代に生きるわれわれにとって示唆的である。この基礎演習を通して古典読解の面白さを味わいつつ、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
2020, <本授業は、主にZoom を利用したオンデマンド型授業として実施する。>|本講義では、初期ギリシアからガレノスに至るまでの医学思想史を辿りながら、「病い」についての関連テキストを吟味する。「病い」の問題は、古代ギリシアにおける様々なコンテクストの中で多様に語られてきたが、とりわけ哲学的な知の成立と密接な関係の中で論じられてきたことに注目したい。身体と魂の相関性の問題、および臨床知の成立の問題などを踏まえて、「病い」と「健康」の境界がいかに語られたか、そして「病い」を癒すべく「医術知」がどのように位置づけられたのか、その思想史的展開を明らかすることが本講義の目的である。「病い」を通して語られる「正常」と「異常」の揺らぎについて考察することは、人間存在に関する根本的な問いと向き合う契機に他ならないと言えよう。
2020, <本授業は、主にZoom を利用したオンデマンド型授業として実施する。>|本講義では、古代ギリシアの文化的・哲学的背景の中で「死」がいかに理解されてきたかをさまざまな資料に基づいて明らかにする。「生きる」ということは、「死」と切り離されるものではなく、「死」を見つめることによって「生」がよりリアルなものとして受け止めなおされる。古代ギリシアにおいても、神話の世界においてであれ、哲学議論においてであれ、「死」をいかに捉えるかということは、まさに人間存在を描く際の最も重要なテーマであった。死後の世界をいかに描くか、死はわれわれにとって何なのか。この生と死の連続性の問題を、神話の時代からヘレニズム期に至るまでの、それぞれの思想史的な基盤に立って概観する。「輪廻転生」や「ソクラテスの死」、「自殺論」なども視野に置いて検討したい。
2020, <本授業は、主にZoom を利用したオンデマンド型授業として実施する。>|古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、ソクラテス以前の哲学とプラトン哲学の基本的動向をたどる。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2020, <本授業は、主にZoom を利用したオンデマンド型授業として実施する。>|古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、アリストテレス哲学およびヘレニズム哲学、新プラトン主義の基本的動向をたどるとともに、古代ギリシアの知がヘレニズム時代を経て中世思想のなかにいかに貫流しているかを明らかにすることを目指す。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と講義資料を利用した遠隔授業を組合せて実施する。|授業のテーマ:古代ギリシアの身体観|授業の内容|西洋思想史における身体論の変遷を、古代ギリシアを中心として現代まで概観する。われわれは「身体」を、まるで自分の所有物であるかのように扱い、自分に最も近いものであるかのように考えがちである。しかし熟考を重ねると身体とは自分に最も遠い存在であるように思われてくるので不思議である。「身体とは何か」。この問いかけから出発し、概念形成の歴史を読み解くうえでもきわめて興味深い古代ギリシアに遡源しつつ、心と物体、健康と病、内と外など、「身体」をめぐる二元論的把握の問題点を検討したい。また、身体美を競った古代オリンピックの思想的・文化的背景についても触れたい。
2021, 古典ギリシア語文法の基礎をゆっくりと丁寧に学ぶ。よく知られたギリシアの格言や名文句(文学・哲学・歴史・科学など、幅広い分野からの文例を紹介する予定)を味わいつつ、わかりやすい解説をまじえて文法を確認する。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているため、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があることだろう。| テキストには、古典ギリシア語習得に必携の書『ギリシア語入門』(田中美知太郎・松平千秋,岩波全書)を用いる。毎回の授業には、テキストに付された練習問題の宿題が課せられるが、この積み重ねにより一年を通して基本的なギリシア語原典(プラトン、アリストテレス、クセノポン、ヘロドトス、ソポクレス、新約聖書など)を読む力を身につけることができる。ぜひとも積極的に取り組んで欲しい。時には古代ギリシア音楽や関連映像なども紹介する予定である。
2021, 前期の内容については、(ギリシャ語Ⅰ(2) 渋谷 木原 志乃 火曜2限)を参照してください。後期の内容については、(ギリシャ語Ⅱ(2) 渋谷 木原 志乃 火曜2限)を参照してください。
2021, 古典ギリシア語入門(1)を履修済み(「ギリシャ語I(1)」単位取得者)であることが受講の条件です。|まずは基本的なアルファベットが把握できており、初歩的な動詞や名詞等の活用が理解できているだけで構いません。文法に自信がない人でも十分についていけるよう丁寧に解説します。前半はギリシア語文法の基本を身につけ、後半からは基本的なギリシア語原典の中から興味深い抜粋を取り上げる予定で、毎回の予習範囲は数行程度とし、楽しんでテキスト講読に臨めるよう工夫をするつもりです。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているので、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があるでしょう。古典語や西洋思想に興味がある人の積極的な参加をお待ちしています。
2021, 世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。|| 前期の基礎演習で扱うのは、とりわけ「友愛、友情」についてである。アリストテレスはどんなに徳のある人でも友がいないと何の価値もないと述べている。果たしてその根拠はどこにあるのか。友がいなくとも有徳な人は幸せなはずではないのか。しかし友は自分を映す鏡のように照らし出す存在であり、友は「第二の自己」であるとアリストテレスは考える。また、自己と友の関係性は利己・利他の観点からどのように捉えることができるのかも本演習で検討したい。「友の為といっていても結局は自分の為である」といった利己主義的な立場も、「究極的に純粋に友の為である」という利他主義的な立場も、そのどちらの可能性も視野に入れてアリストテレスの「自己愛」論を読む必要がある。前期<友愛論>と後期<正義論>の基礎演習全体を通して、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
2021, 前期の内容については、(基礎演習ⅠA 渋谷 木原 志乃 木曜5限)を参照してください。後期の内容については、(基礎演習ⅠB 渋谷 木原 志乃 木曜5限)を参照してください。
2021, 世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。| 後期の基礎演習では、アリストテレス『ニコマコス倫理学』における「正義論」を中心に倫理学の諸問題を検討する。サンデルのハーバード大学「白熱講義」で話題になった正義論は記憶に新しい。そこでは現代倫理学および政治哲学の四つの立場が紹介されていた。功利主義、リベラリズム、リバタリアニズム、共同体主義である。これら四つの立場のうちサンデルは、共同体主義の立場から考察している。そして先に指摘したように、その起源には、「人間はポリス的(社会的)動物である」と語ったアリストテレスのニコマコス倫理学がある。社会的正義を重視しながら、善や幸福を共同体の中での他者との関係性から読み解くアリストテレス倫理学は現代に生きるわれわれにとって示唆的である。この基礎演習を通して古典読解の面白さを味わいつつ、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
2021, 近年「正義とは何か」「国家とは何か」について論じられる機会が多い中、あらためてこのテーマをめぐる古典読解の難しさと面白さを、時間をかけて味わってもらいたい。そして現代の哲学的議論の出発点としてプラトンの存在がいかに重要であったかを、本演習を通して理解することができるであろう。| プラトンの著作のなかでも、『国家』はとりわけ内容豊富な長編作品である。この書は、そのタイトルどおり、「国家」の正しいあり方を問うものでありながら、同時にそれぞれの人間の心の中の正義がいかにして成立可能なのかを問いかける内容となっている。本書には理想国家の実現のための哲人王政治、民主主義批判など政治的に重要な議論が多く展開される。そしてそれらは、全体主義、優生学主義、エリート主義、あるいは共産主義など、時代の変遷とともに大きく揺さぶられながら「解釈」されてきたのである。だが『国家』は、一つの政治的イデオロギーの書として読まれるべきではないであろう。そこには「ほんとうの正しさ」の実現可能性が強調されているが、それと同時にその実現不可能をもわれわれに痛感させる逆説的な内容の一冊となっているからである。魂論、イデア論を中心軸としながら、これらの点をテキストで詳しく検討したい。|“西洋哲学の伝統は、プラトンへの脚註に過ぎない…”という有名なフレーズは哲学を学ぶ者であればよく知っているであろうし、これまでにも様々な場面で幾度も引用されてきた。しかしながら、この哲学の源流に位置するプラトンの魅力をわれわれは十分に味わえてきただろうか。プラトンのテキストに示唆された知の豊穣さを本演習を通して各人に汲み取って欲しい。 (演習参加者は各々担当する範囲を決め、担当箇所を要約してくること。)
2021, 本講義では、初期ギリシアのヘラクレイトス哲学に焦点を絞りながら、そこにおける生命や存在についての根本的な洞察を明らかにしてゆく。いわゆる「ソクラテス以前」の哲学者の中でもヘラクレイトスは独自の語りを展開しており、ニーチェ、ハイデッガー、デリダなどの現代哲学者たちが自らの存在理解に引き付けてその哲学を受容し語りなおしていることも極めて興味深い。存在と生成の問題をヘラクレイトスはいかに語ったのか。彼にとって流転する世界は理としてのロゴスと矛盾せずに成立するものであったのか。さらにはその存在論に基づきながら、魂概念を多用した点も重要である。ヘラクレイトスがソクラテス、プラトン哲学へと通じる主体的な自己としての魂理解への道を開いたことについても考察したい。このように、後の思想史的展開における意義にも目を向けて、さらに現代哲学との接点にも注目しながら、ヘラクレイトス断片を丁寧に読み解くことが本講義の目的である。
2021, 本講義では、古代ギリシアの文化的・哲学的背景の中で「死」がいかに理解されてきたかをさまざまな資料に基づいて明らかにする。「生きる」ということは、「死」と切り離されるものではなく、「死」を見つめることによって「生」がよりリアルなものとして受け止めなおされる。古代ギリシアにおいても、神話の世界においてであれ、哲学議論においてであれ、「死」をいかに捉えるかということは、まさに人間存在を描く際の最も重要なテーマであった。死後の世界をいかに描くか、死はわれわれにとって何なのか。この生と死の連続性の問題を、神話の時代からヘレニズム期に至るまでの、それぞれの思想史的な基盤に立って概観する。「輪廻転生」や「ソクラテスの死」、「自殺論」なども視野に置いて検討したい。
2021, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、ソクラテス以前の哲学とプラトン哲学の基本的動向をたどる。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2021, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、アリストテレス哲学およびヘレニズム哲学、新プラトン主義の基本的動向をたどるとともに、古代ギリシアの知がヘレニズム時代を経て中世思想のなかにいかに貫流しているかを明らかにすることを目指す。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2022, 本演習はプラトンの中期著作『饗宴』と『パイドロス』を読み解きたい。これらの対話篇において、プラトンは、「恋」の位置づけをめぐり、当時の一般的文化的エロス理解を土台に話をはじめ、後半部ではその批判的受け取り直しを行い、恋する者による真実の知の希求の問題へと議論を展開している。「恋」について古代ギリシアの知識人たちはどのように考えたのか。そしてプラトンが当時の恋愛観を踏まえて、「恋」の本質が「哲学」であるとした理由はなにか。「恋」についての語りを哲学するプラトンの面白さをテキストに基づいてじっくり味わってゆきたい。
2022, 古典ギリシア語入門を履修済み(「ギリシャ語I」単位取得者)であることが受講の条件です。|受講にあたっては、基本的なアルファベットが把握できており、初歩的な動詞や名詞等の活用が理解できているだけでまずは構いません。文法に自信がない人でも講読に十分についていけるよう丁寧に解説します。今年度は、様々なギリシア語原典の中から抜粋して有名な印象深い箇所をいくつか厳選し、取り上げる予定です。また、受講者の希望に合わせてテキストを決定します(プラトン、アリストテレス、クセノポン、ヘロドトス、ソポクレス、新約聖書など)。毎回の予習範囲は数行程度とし、楽しんでテキスト講読に臨めるよう工夫をするつもりです。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているので、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があるでしょう。古典語や西洋思想に興味がある人の積極的な参加をお待ちしています。
2022, 前期の内容については、(ギリシャ語Ⅰ(2)(H30〜) 渋谷 木原 志乃 火曜4限)を参照してください。後期の内容については、(ギリシャ語Ⅱ(2)(H30〜) 渋谷 木原 志乃 火曜4限)を参照してください。
2022, 古典ギリシア語入門を履修済み(「ギリシャ語I」単位取得者。ギリシャ語II,IIIの単位が未習得の場合も可)であることが受講の条件です。|受講にあたっては、基本的なアルファベットが把握できており、初歩的な動詞や名詞等の活用が理解できているだけでまずは構いません。文法に自信がない人でも講読に十分についていけるよう丁寧に解説します。今年度は、様々なギリシア語原典の中から抜粋して有名な印象深い箇所をいくつか厳選し、取り上げる予定です。また、受講者の希望に合わせてテキストを決定します(プラトン、アリストテレス、クセノポン、ヘロドトス、ソポクレス、新約聖書など)。毎回の予習範囲は数行程度とし、楽しんでテキスト講読に臨めるよう工夫をするつもりです。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているので、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があるでしょう。古典語や西洋思想に興味がある人の積極的な参加をお待ちしています。
2022, 「哲学を学ぶことはできない」とはカントの言葉であるが、哲学を学ぶとはどのようなことか。そして「学び」の本質とはそもそも何だろうか。本演習は、学ぶことの原点に立ち返り、知の探究の重要性を説いたプラトンの著作、『メノン』を扱う。この著作の冒頭は、若き青年メノンによる差し迫った問いかけから始まっている。徳は教えられるのか、それとも訓練によって身につくものなのか、自然本性によって備わったものなのか、神の恵によるのか…。唐突なこの問いをソクラテスはいかに解きほぐしてゆくのか。J.S.ミルによれば『メノン』は「珠玉の名作」(a gem) と言われている。イデア論に向けての重要な出発点となっている学びの問題を軸として、プラトンの魅力の詰まったこの著作を丁寧に読み解きたい。
2022, われわれはみな「死」を避けられない。「死」は人間存在の根源的なテーマである。基礎演習2Bでは、「死」の問題を扱った古代ギリシアの哲学書『パイドン』を取り上げて、じっくりと読み進めたい。ソクラテスの最期の姿を描いた『パイドン』は、プラトン対話篇の中でも最も魂を揺さぶられる作品の一つだといってよい。彼が牢獄で弟子たちを囲んで自ら毒杯を仰ぎ死にゆくという緊迫したシーンで締めくくられるこの著作において、プラトンは哲学とは「死の練習」であると強調し、魂の不死性を論じた。はたして「生きること」と「死ぬこと」について実際にプラトンはいかに考えただろうか。『パイドン』全体を通して語られている「生」と「死」をめぐる哲学的なメッセージをテキストにしたがって読み解き、吟味考察することが本演習の目的である。
2022, 本講義では、初期ギリシアのヘラクレイトスやその後の自然哲学に焦点を絞りながら、生命や身体についての根本的な洞察を明らかにしてゆく。いわゆる「ソクラテス以前」の哲学者の中でもヘラクレイトスは独自の語りを展開しており、ニーチェ、ハイデッガー、デリダなどの現代哲学者たちが自らの存在理解に引き付けてその哲学を受容し語りなおしていることも極めて興味深い。存在と生成の問題をヘラクレイトスはいかに語ったのか。彼にとって流転する世界は理としてのロゴスと矛盾せずに成立するものであったのか。さらにはその存在論に基づきながら、魂概念を多用した点も重要である。ヘラクレイトスがソクラテス、プラトン哲学へと通じる主体的な自己としての魂理解への道を開いたことについても考察したい。このように、後の思想史的展開における意義にも目を向けて、さらに現代哲学との接点にも注目しながら、初期ギリシア哲学者たちの断片を丁寧に読み解くことが本講義の目的である。
2022, 本講義では、古代ギリシアの文化的・哲学的背景の中で「死」がいかに理解されてきたかをさまざまな資料に基づいて明らかにする。「生きる」ということは、「死」と切り離されるものではなく、「死」を見つめることによって「生」がよりリアルなものとして受け止めなおされる。古代ギリシアにおいても、神話の世界においてであれ、哲学議論においてであれ、「死」をいかに捉えるかということは、まさに人間存在を描く際の最も重要なテーマであった。死後の世界をいかに描くか、死はわれわれにとって何なのか。この生と死の連続性の問題を、神話の時代からヘレニズム期に至るまでの、それぞれの思想史的な基盤に立って概観する。「輪廻転生」や「ソクラテスの死」、「自殺論」なども視野に置いて検討したい。
2022, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、ソクラテス以前の哲学とプラトン哲学の基本的動向をたどる。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2022, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、アリストテレス哲学およびヘレニズム哲学、新プラトン主義の基本的動向をたどるとともに、古代ギリシアの知がヘレニズム時代を経て中世思想のなかにいかに貫流しているかを明らかにすることを目指す。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2023
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2023, 近年「正義とは何か」「国家とは何か」について論じられる機会が多い中、あらためてこのテーマをめぐる古典読解の難しさと面白さを、時間をかけて味わってもらいたい。そして現代の哲学的議論の出発点としてプラトンの存在がいかに重要であったかを、本演習を通して理解することができるであろう。| プラトンの著作のなかでも、『国家』はとりわけ内容豊富な長編作品である。この書は、そのタイトルどおり、「国家」の正しいあり方を問うものでありながら、同時にそれぞれの人間の心の中の正義がいかにして成立可能なのかを問いかける内容となっている。本書には理想国家の実現のための哲人王政治、民主主義批判など政治的に重要な議論が多く展開される。そしてそれらは、全体主義、優生学主義、エリート主義、あるいは共産主義など、時代の変遷とともに大きく揺さぶられながら「解釈」されてきたのである。だが『国家』は、一つの政治的イデオロギーの書として読まれるべきではないであろう。そこには「ほんとうの正しさ」の実現可能性が強調されているが、それと同時にその実現不可能をもわれわれに痛感させる逆説的な内容の一冊となっているからである。魂論、イデア論を中心軸としながら、これらの点をテキストで詳しく検討したい。|“西洋哲学の伝統は、プラトンへの脚註に過ぎない…”という有名なフレーズは哲学を学ぶ者であればよく知っているであろうし、これまでにも様々な場面で幾度も引用されてきた。しかしながら、この哲学の源流に位置するプラトンの魅力をわれわれは十分に味わえてきただろうか。プラトンのテキストに示唆された知の豊穣さを本演習を通して各人に汲み取って欲しい。 (演習参加者は各々担当する範囲を決め、担当箇所を要約してくること。)
2023, 古典ギリシア語文法の基礎をゆっくりと丁寧に学ぶ。よく知られたギリシアの格言や名文句(文学・哲学・歴史・科学など、幅広い分野からの文例を紹介する予定)を味わいつつ、わかりやすい解説をまじえて文法を確認する。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているため、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があることだろう。| テキストには、古典ギリシア語習得に必携の書『ギリシア語入門』(田中美知太郎・松平千秋,岩波全書)を用いる。毎回の授業には、テキストに付された練習問題の宿題が課せられるが、この積み重ねにより一年を通して基本的なギリシア語原典(プラトン、アリストテレス、クセノポン、ヘロドトス、ソポクレス、新約聖書など)を読む力を身につけることができる。ぜひとも積極的に取り組んで欲しい。時には古代ギリシア音楽や関連映像なども紹介する予定である。
2023, 前期の内容については(ギリシャ語Ⅰ(2)(H30〜) 渋谷 木原 志乃 火曜4限)を参照してください。後期の内容については(ギリシャ語Ⅱ(2)(H30〜) 渋谷 木原 志乃 火曜4限)を参照してください。
2023, 古典ギリシア語入門(1)を履修済み(「ギリシャ語I(1)」単位取得者)であることが受講の条件です。|まずは基本的なアルファベットが把握できており、初歩的な動詞や名詞等の活用が理解できているだけで構いません。文法に自信がない人でも十分についていけるよう丁寧に解説します。前半はギリシア語文法の基本を身につけ、後半からは基本的なギリシア語原典の中から興味深い抜粋を取り上げる予定で、毎回の予習範囲は数行程度とし、楽しんでテキスト講読に臨めるよう工夫をするつもりです。西洋の言語を学ぶ者にとって、ルーツとなる重要なエッセンスが古典ギリシア語にはふんだんに盛り込まれているので、古典ギリシア語を学ぶことでいろいろな発見があるでしょう。古典語や西洋思想に興味がある人の積極的な参加をお待ちしています。
2023, 世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。|| 前期の基礎演習で扱うのは、とりわけ「友愛、友情」についてである。アリストテレスはどんなに徳のある人でも友がいないと何の価値もないと述べている。果たしてその根拠はどこにあるのか。友がいなくとも有徳な人は幸せなはずではないのか。しかし友は自分を映す鏡のように照らし出す存在であり、友は「第二の自己」であるとアリストテレスは考える。また、自己と友の関係性は利己・利他の観点からどのように捉えることができるのかも本演習で検討したい。「友の為といっていても結局は自分の為である」といった利己主義的な立場も、「究極的に純粋に友の為である」という利他主義的な立場も、そのどちらの可能性も視野に入れてアリストテレスの「自己愛」論を読む必要がある。前期<友愛論>と後期<正義論>の基礎演習全体を通して、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
2023, 世界には不幸が溢れている。戦争、テロ、事件、事故、病気、毎日何人もの人間が苦しみながら死んでいく。彼等は人生を楽しんだのか…そしてあなたはいま人生が幕を閉じても後悔なく幸せだったと言えるだろうか。しかしそもそも人間の幸福とは何なのか。| 現代的諸問題について考える際に、「いかに生きるべきか」、「幸福・正義・愛とは何か」という根源的な問いを避けて通ることができない。われわれは幸福であるために何をよりどころとし、倫理的な価値基準をどこにおくべきか。この問題を古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を邦訳で読みながらともに考えてみたい。| そもそも「倫理学」(タ・エーティカ)という言葉は、アリストテレスによって初めて確立されたものである。彼によれば、倫理学研究は理論的知識をめざすものではなく、人柄や性格(エートス)を基軸にした考察であり、そこに倫理に関わるアリストテレス独自の特徴が現れている。そしてそれは行為の主体となるその人自身の性格=心のあり方(moral psychology)を組み込まなければ、有効な倫理学とはなり得ないのではないかという反省をわれわれに促すことになる(近年の「徳倫理virtue ethics」の復権)。さらにアリストテレスは近年注目される共同体主義(コミュニタリアニズム)の起源でもあり、本演習で扱うテキストを通して、現代倫理学のみならず現代政治哲学、公共哲学などの見取り図をも得ることができよう。| 後期の基礎演習では、アリストテレス『ニコマコス倫理学』における「正義論」を中心に倫理学の諸問題を検討する。サンデルのハーバード大学「白熱講義」で話題になった正義論は記憶に新しい。そこでは現代倫理学および政治哲学の四つの立場が紹介されていた。功利主義、リベラリズム、リバタリアニズム、共同体主義である。これら四つの立場のうちサンデルは、共同体主義の立場から考察している。そして先に指摘したように、その起源には、「人間はポリス的(社会的)動物である」と語ったアリストテレスのニコマコス倫理学がある。社会的正義を重視しながら、善や幸福を共同体の中での他者との関係性から読み解くアリストテレス倫理学は現代に生きるわれわれにとって示唆的である。この基礎演習を通して古典読解の面白さを味わいつつ、「幸福」なよき生の探求の一つの指標を学ぶことができるであろう。
2023, <本授業は、対面型授業として実施する。>|本講義では、初期ギリシアからガレノスに至るまでの医学思想史を辿りながら、「病い」についての関連テキストを吟味する。「病い」の問題は、古代ギリシアにおける様々なコンテクストの中で多様に語られてきたが、とりわけ哲学的な知の成立と密接な関係の中で論じられてきたことに注目したい。身体と魂の相関性の問題、および臨床知の成立の問題などを踏まえて、「病い」と「健康」の境界がいかに語られたか、そして「病い」を癒すべく「医術知」がどのように位置づけられたのか、その思想史的展開を明らかすることが本講義の目的である。「病い」を通して語られる「正常」と「異常」の揺らぎについて考察することは、人間存在に関する根本的な問いと向き合う契機に他ならないと言えよう。
2023, 本講義では、古代ギリシアの文化的・哲学的背景の中で「死」がいかに理解されてきたかをさまざまな資料に基づいて明らかにする。「生きる」ということは、「死」と切り離されるものではなく、「死」を見つめることによって「生」がよりリアルなものとして受け止めなおされる。古代ギリシアにおいても、神話の世界においてであれ、哲学議論においてであれ、「死」をいかに捉えるかということは、まさに人間存在を描く際の最も重要なテーマであった。死後の世界をいかに描くか、死はわれわれにとって何なのか。この生と死の連続性の問題を、神話の時代からヘレニズム期に至るまでの、それぞれの思想史的な基盤に立って概観する。「輪廻転生」や「ソクラテスの死」、「自殺論」なども視野に置いて検討したい。
2023, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、ソクラテス以前の哲学とプラトン哲学の基本的動向をたどる。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。
2023, 古代ギリシア哲学は、中世や近現代の哲学を学ぶ上でも、避けて通れない西洋哲学の出発点であり、また西洋のあらゆる学問の豊かな源でもある。 本講義は、西洋の哲学(ピロソピアー)の原初に遡源し、アリストテレス哲学およびヘレニズム哲学、新プラトン主義の基本的動向をたどるとともに、古代ギリシアの知がヘレニズム時代を経て中世思想のなかにいかに貫流しているかを明らかにすることを目指す。|客観的に正しく出来上がった「哲学史」というものはない。思想家たちの問いかけに呼応して、受け取るわれわれの各人が問いの中に入り込んで、自分で考えて理解しなければならないからである。単なる情報として哲学史の知識をインプットすることを目指すのではなく、むしろ自分自身が根底から揺さぶられ、問いと真剣に向き合って「考える」力を身につけて欲しい。