K-ReaD( Kokugakuin University Researcher’s Achievement)

笹生 衛
神道文化学部 神道文化学科
教授
Last Updated :2021/06/30

研究者基本情報

氏名

  • 氏名

    笹生 衛, サソウ マモル

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所属・職名

  • 神道文化学部 神道文化学科, 教授

学位

  • 2006年07月, 博士(宗教学), 國學院大學, 文乙第221号

本学就任年月日

  • 2009年04月01日

研究分野

  • 日本考古学、日本宗教史

研究活動

論文

  • 『記紀』と大嘗祭—大嘗宮遺構から考える『記紀』と大嘗祭の関係—, 笹生 衛, 國學院雑誌, 第121巻, 第11号, 24, 42, 2020年11月15日, 國學院大學
  • 神道(祭祀)考古学, 笹生 衛, 季刊考古学, 2020年02月01日, 雄山閣
  • 大嘗祭の意味と起源-大嘗宮から考える祭祀の意味と神宮との関係-, 笹生 衛, 瑞垣, 245, 65, 82, 2020年02月17日, 神宮司庁
  • 塩津港の神と神社, 笹生 衛, よみがえる港・塩津 水野章二 編著, 57, 103, 2020年03月16日, サンライズ出版
  • 「中臣寿詞」の「天つ水」再考-「水の祭儀」論の再検討-, 笹生 衛, 國學院雑誌, 120, 11, 20, 42, 2019年11月15日, 國學院大學
  • 古代大嘗宮の構造の構造と起源-祭式と考古学資料から考える祭祀の性格-, 笹生 衛, 神道宗教, 254・255, 87, 120, 2019年07月25日, 神道宗教学会
  • 神道考古学から祭祀考古学へ-最近の祭祀遺跡研究から見た古代祭祀の実態と神観-, 笹生 衛, 國學院大學研究開発推進機構紀要, 10, 75, 93, 2018年03月31日, 國學院大學研究開発推進機構
  • 沖ノ島祭祀の実像, 笹生 衛, 季刊考古学・別冊, 27, 19, 24, 2018年11月25日, 雄山閣
  • 神祇祭祀の起源と史的背景-祭祀考古学の視点から-, 笹生 衛, 古代文学と隣接諸学7『古代の信仰・祭祀』, 19, 42, 2018年10月25日, 竹林舎
  • 律令期の祭祀・儀礼・と官衙・寺院・集落-信仰関連遺物からみた祓の再検討と信仰の地域ネットワーク-, 笹生衛, 古代東アジアの仏教交流, 314, 349, 2018年, 勉成出版
  • 宗像沖ノ島の祭祀遺跡と古代祭祀, 笹生 衛, 考古学ジャーナル, 707, 5, 9, 2018年, ニューサイエンス社, 宗像沖ノ島祭祀遺跡における4段階の変遷を、出土遺物の組成・出土状況と『皇太神宮儀式帳』に記された祭式などと比較することで再検討した。
  • お神輿こと始め-「神」と「祭」の考え方から読み取る物語-, 笹生 衛, 神輿文化を考える, 2017年02月28日, 國學院大學 研究開発推進機構 学術資料センター(神道資料館部門), 『続日本紀』『延喜式』祝詞、『本朝世紀』などの神が移動する記事を手かがりに、古代の神は移動する場合、やはり道を移動していたことを確認した。その上で、やはり神輿は、神が移動する上で中心的な機能を果たしたことを改めて確認し、古代の神輿の実態を『年中行事絵巻』の図像資料から明らかにした。
  • 日本列島における「祭祀」の起源, 笹生 衛, 前方後円墳の出現と日本国家の起源, 2016年11月10日, KADOKAWA, まず、認知宗教学にもとづき神観や祭祀の構造について確認した上で、弥生時代から奈良時代にいたる神祇祭祀の形成過程を概観した。構成は、以下の通りである。「祭祀」とは何か。祭祀の萌芽-縄文から弥生へ。死者への直観と墓。死体・遺体と社会。古墳の成立と前方後円墳の葬法。東国の古墳、洪水と開発。神への祭式と祭祀の確立-4世紀代の変化。祭式の共有、神観と環境-5世紀代の祭祀。「天下」、神の観念と祭祀。
  • 自然災害と古代の信仰・祭祀, 笹生 衛, 東日本大震災 神社・祭り 災害の記録と復興, 2016年07月08日, 神社新報社, 自然災害と古代祭祀との密接な関係を、文献史料と考古資料で確認し、その神観が、古代末期の災害と環境変化の中で、中世的な神観・信仰へと変化することを指摘した。
  • 郡衙周辺の景観とその信仰的背景-放生、大祓と郡衙、寺院、祭祀・儀礼の景観を手かがりに-, 笹生 衛, 日本古代考古学論集, 2016年03月31日, 同成社, 天武天皇5年8月の大解除(大祓)、放生、大赦と『薬師経』との密接な関連性を確認した上で、その直後、7世紀末期から8世紀初頭、全国の郡衙周辺で展開した寺院と祭祀の場の成立との関連性を指摘した。そこからは、祭祀と仏教儀礼を両輪として鎮護国家を図る初期律令国家の意図が窺えるとともに、そこが地域の人々の除災・除病の信仰の場ともなったことを指摘した。
  • 祭祀遺跡からみた古代の出雲-杵築大社成立の背景-, 笹生 衛, 島根県古代文化センター研究論集第16集『古代祭祀と地域社会』, 2016年03月01日, 島根県古代文化センター, 出雲大社境内の祭祀遺構と出雲地域の水辺の祭祀を比較し、その祭祀の性格や神観について、『皇大太神宮儀式帳』の度会郡の神社の記述との比較・検討から推定した。その結果、『出雲国風土記』で杵築大社に祀られるとされる「天の下造らしし大神」の神格は、水源の山と水が流れる環境で、大和王権も関係しながら4世紀後半には形作られたと推定した。また、出雲は玉生産の重要な地域として、さらに朝鮮半島に近いという地理的な特徴から、神郡が設置されたことにも言及した。
  • 神殿の成立と神観・祭祀, 笹生 衛, 季刊悠久, 141, 37, 52, 2015年08月30日, 鶴岡八幡宮悠久事務局, 従来の神殿成立論を整理した上で、9世紀初頭の古代神社の実態を細かく記載した『皇太神宮儀式帳』の内容を分析し、神社・祭場の構造は神観・祭式により規定され、一律には考えられないことを指摘した。併せて、神籬は榊の木を指すものではなく、建物を伴った祭祀用の区画遮蔽施設である点を指摘、「依り代」を前提とした古代祭祀の解釈も再検討が必要である点も指摘した。
  • 祭祀の意味と管掌者―5世紀の祭祀遺跡と『古語拾遺』「秦氏・大蔵伝承-」, 笹生 衛, 季刊考古学 別冊, 22, 111, 121, 2015年04月25日, 雄山閣, 5世紀代の日本列島に展開した祭祀遺跡の立地と出土遺物から、大和王権と地方における祭祀との関係、大和王権が地方首長に朝鮮半島から渡来した鉄製品、最新の鍛冶・紡織・窯業技術で作られた捧げ物を供与、地域の首長は、それを使い祭祀を行う形を確認した。また、その背景には、大和王権の物資集積と先進技術掌握があり、それが『古語拾遺』の雄略天皇時代の事跡として記録されたと考えた。
  • 神の籬と神の宮-考古学からみた古代の神籬の実態-, 笹生 衛, 神道宗教, 第238号, 2015年04月25日, 神道宗教学会, 古代の祭祀と密接に関係する神籬の実態について、文献史料に考古資料を加えて検討した。その結果、神霊を招き祭祀の対象とされる榊などの樹枝の神籬は、中近世の古典解釈に依代の考え方を組み合わせたもので、古代の実態を示していない点を確認した。そして、神籬の実態は、4・5世紀の祭祀関連の遺跡で検出した遮蔽・区画施設であり、その目的は、神霊へと穢れなどが及ばないようにし、同時に、神霊の強い霊威が周囲に影響を与えないようにすることにあったと推定した。また、皇祖神を象徴する宝鏡を安置し区画・遮蔽していた神籬は、7世紀中頃、難波長柄豊碕宮が造営されると、その建物配置にあわせて整備され、神宮が成立したと推定した。
  • 古墳の儀礼と死者・死後観-古墳と祖先祭祀・黄泉国との関係-, 笹生 衛, 古事記学, 1, 215, 274, 2015年03月10日, 國學院大學研究開発推進機構研究開発推進センター, 古墳の墳丘、副葬品、埴輪の変遷を3世紀から7世紀まで概観した後、そこから推定できる古代の死者観と祭祀・儀礼について復元を試みた。古墳に遺体を密閉し区画遮蔽する形と、多量の副葬品と飲食を供献する形は、3世紀後半から6世紀代まで継続していたことを確認した。その結果、従来、唱えられてきたような5世紀後半の横穴式石室の導入に伴い、死者・霊魂観の大きな変化があったとは考えられず、併せて関連付けられてきた黄泉の国説話も、古墳の横穴式石室との結びつきを強調するよりも、古事記全体の文脈で理解すべきことを指摘した。
  • 富士の神の起源と歴史-富士山の古代祭祀と中世への移行を中心に―, 笹生 衛, 富士山-その景観と信仰・芸術-, 11, 27, 2014年09月01日, 國學院大學博物館, 富士山に対する信仰と祭祀について、文献史料と考古資料の両面から分析した。その結果、その淵源は5世紀代まで遡る可能性を指摘した。また、古代の富士の神が12世紀代を境に本地垂迹思想に基づき、富士浅間菩薩へと変化した状況も確認し、この変化では頂上への経巻埋納が大きな意味を持っていたことについても指摘した。
  • 古代祭祀の形成と系譜-古墳時代から律令時代の祭具と祭式-, 笹生 衛, 古代文化, 第65巻第3号, 2013年12月30日, 公益財団法人古代学協会, 古墳時代から律令時代への祭祀の変遷を、出土する祭祀遺物(祭具)と祭祀構造(祭式)の面から検討した。その結果、祭具の原形は5世紀代まで遡り、6世紀代、7世紀代の画期を経て、律令祭祀の祭具へとつながっていた。また、『皇太神宮儀式帳』に記された古代の祭式と祭具も、5~7世紀の祭祀遺跡から出土する遺物組成と整合し、その起源が5世紀あることも明らかにした。5世紀は、大王が統治する国家領域の意識が形成された時代でもあり、その中で、後につながる祭具・祭式が形成されたと考えられる点も指摘した。
  • 神宝の成立-組成の意味と背景-, 笹生 衛, 明治聖徳記念学会紀要, 復刻第50号, 2013年11月01日, 明治聖徳記念学会, 平安時代の記録に残る「神宝」の性格と起源を、考古資料との比較から分析した。その結果、神への捧げものである幣帛の起源は古墳時代中ごろの5世紀に遡り、その幣帛が、8世紀後半から9世紀初頭までに、神宝と装束に分離、天皇が捧げる大神宝の内容は、5世紀以来の古い伝統を引き継いでいることを明らかにした。
  • 古代の富士山信仰-浅間神社の古代祭祀と中世への移行-, 笹生 衛, 月刊考古学ジャーナル臨時増刊 №648, 2013年10月30日, ニューサイエンス社, 文献史料と富士山周辺における最近の発掘調査成果を使い、富士山の古代信仰の内容と、その中世への移行状況に検討した。古代、水を恵み噴火する神として浅間の神は信仰されたが、12世紀、富士山頂に大蔵経が埋納されたことで、本地垂迹思想に基づく解釈が加わり、大日如来を本地仏とする中世の信仰へと展開したことを明らかにした。
  • 日本における古代祭祀研究と沖ノ島祭祀-主に祭祀遺跡研究の流れと沖ノ島祭祀遺跡の関係から-, 笹生 衛, 「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告Ⅱ-1, 43, 61, 2013年03月31日, 「宗像・沖ノ島と関連遺産群」世界遺産推進会議, 古代祭祀の考古学的な研究の流れを確認しながら、宗像沖ノ島祭祀の性格について検討した。特に、宗像沖ノ島の祭祀は、沖ノ島が航海上重要な機能をもち、その環境の働きそのものに、神を感じ、祭祀を行ったことを明らかにした。
  • 真行寺廃寺-その信仰と郡衙との関係を中心に-, 笹生 衛, 論集「幻の大寺 真行寺」, 35, 49, 2013年02月28日, 山武仏教文化研究会, 上総国武射郡衙に隣接する初期寺院遺跡、真行寺廃寺について、その縁起や考古資料、他の初期寺院との比較から、7世紀末頃の信仰内容について分析した。その結果、本尊は薬師如来の可能性が高く、大祓・放生など天武朝の宗教政策との関連も指摘した。
  • 人形と祓物-土製人形の系譜と祓の性格を中心に-, 笹生 衛, 國學院雑誌, 1267号, 2012年10月15日, 國學院大學, 5世紀から続く土製人形の系譜と、7世紀後半に加わる金属製・木製人形の系譜を考古資料と文献史料から検討した。その結果、8・9世紀には、伝統的な捧げる人形の系譜と7世紀に加わる道教呪術に由来する除災・除病の人形が併存していた可能性を指摘した。
  • 「祖・おや」の信仰と系譜-考古資料と集落・墓域の景観から見た古代の祖先祭祀-, 笹生 衛, 國學院大學研究開発推進機構紀要, 第3号, 2011年03月31日, 國學院大學研究開発推進機構, 『記紀』『風土記』における「祖」の用例を概観し、埼玉県埼玉古墳群稲荷山古墳出土の鉄剣銘の「上祖」と比較検討するとともに、千葉県千葉市の「おゆみの地区」遺跡群の高沢遺跡周辺の集落と古墳群の景観変遷の分析を行い、古代における「祖」に対する意識と祭祀の在り方を検討した。その結果、「祖」の意識・信仰は、5世紀以来の系譜を持ち9世紀頃まで継続し、地域の景観の精神的な裏付けとなっていたことを明らかにした。また、「祖」に対する祭祀は、貴重な品を捧げ酒食で饗応するという、「神」と同じ方法で祭られていたことも指摘した。
  • 古代の祭りと幣帛・神饌・神庫-古墳時代の祭祀遺跡・遺物から復元する祭具と祭式-, 笹生 衛, 延喜式研究, 27, 2011年03月31日, 延喜式研究会, 古墳時代の祭祀遺跡から出土する鉄製品や紡織具、調理具等を分析し、5世紀代に、令制祭祀における供献品の原形が成立することを指摘した。また、『皇太神宮儀式帳』の分析から、古代祭祀の構成、祭式の内容を整理し、その祭式の内容と5世紀代の祭祀遺跡から出土する遺物とが整合することも指摘し、古墳時代の祭祀と律令時代のそれとの連続性を確認した。
  • 沖ノ島祭祀遺跡における遺物組成と祭祀構造-鉄製品・金属製模造品を中心に-, 笹生 衛, 「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告Ⅰ, 297, 328, 2011年03月31日, 「宗像・沖ノ島と関連遺産群」世界遺産推進会議, 宗像沖ノ島祭祀遺跡の出土遺物の組成を再確認し、『皇太神宮儀式帳』の祭式と比較することで、沖ノ島祭祀の構造と性格を考えた。その結果、巨岩は神霊の存在を象徴する「御形」であり、巨岩周辺から出土する遺物は、祭祀後に神霊の御形の近くへ納めた供献品である可能性を指摘した。
  • 古墳時代における祭具の再検討-千束台遺跡祭祀遺構の分析と鉄製品の評価を中心に-, 笹生 衛, 國學院大學伝統文化リサーチセンター研究紀要, 第2号, 91, 112, 2010年03月31日, 國學院大學伝統文化リサーチセンター, 従来、古墳時代の祭祀遺物の研究は、石製・土製模造品など模造品類を中心に進められてきたが、保存状況の良好な5世紀中頃の祭祀遺構(千葉県木更津市千束台遺跡)を分析した結果、石製・土製模造品の他、一定量の鉄製品が使用されたことが明らかとなり、紡織具模造品から布帛類の存在も推定できた。類似した状況は、愛媛県松前町出作遺跡など、5世紀代の祭祀遺構では東国・西国を問わず確認でき、出土遺物の組成から祭祀の中心的な供献品は、鉄製の武器・武具と農・工具、布帛類、鉄素材の鉄鋌、初期須恵器で構成されていたと考えられる。この供献品のセットは、5世紀前半から中頃までに、朝鮮半島からもたらされた貴重な鉄素材や最新の鍛冶・紡織・窯業技術を導入して作られ、当時の最上の品々として神々に供えられていたのである。また、この品々の組成は、『延喜式』神祇四時祭の祈年祭・月次祭などの幣帛と共通点が認められ、5世紀中頃までに成立した供献品のセットは、令制祭祀の幣帛の原形となっていたと考えられる。
  • 祭祀遺跡の分布と変遷から見た東国神郡の歴史的背景-安房国安房郡の事例を中心に-, 笹生 衛, 國學院雑誌, 111巻3号, 1, 16, 2010年03月15日, 國學院大學, 本稿では、東国神郡のうち、安房坐神社の安房国安房郡が成立する歴史的背景を、古墳時代の祭祀遺跡の変遷と分布から考察を行った。  安房郡域では、4世紀後半から5世紀前半、海浜部の小滝涼源寺遺跡で祭祀が始まり、そこには大和王権や海上交通との関連を推定できた。5世紀中頃から後半には、安房郡域の広範囲で祭祀の場が形成され、平野部では農業関係の祭祀が確認できる。6世紀後半から7世紀前半には、海浜部でカツオ漁など漁撈活動と祭祀との結び付きが認められ、平野部の祭祀は河川周辺や支谷・丘陵内に移動、農業用水系の再編と谷部開発との関連を想定できる。  神郡の安房郡が成立する背景には、この地域が海上交通上の要衝であると同時に、カツオなど海産物の供給地としての性格があり、神郡が成立する直前の6・7世紀には、水利の再編や支谷内の開発といった農業基盤の整備が進行していたのである。
  • 「瓦塔の景観と滅罪の信仰」, 笹生 衛, 『東アジアの古代文化』, 136号, 2008年08月01日, 大和書房, 東国の8・9世紀代の遺跡から出土する瓦塔について、建てられていた当時の景観を推定し、その景観と経典内容との比較検討から瓦塔の信仰内容の復元を試みたものである。瓦塔の出土状況からは、集落縁辺部の出入り口、見晴らしの良い丘陵上、墓域内といった場所に瓦塔が建てられた景観を復元することができる。この景観は、8世紀当時、多くの僧侶が学習していた『佛頂尊勝陀羅尼経』中の陀羅尼の安置のされ方、それを納めた卒塔婆(塔)のあり方と整合することを指摘し、その造立目的は、『佛頂尊勝陀羅尼経』が説く滅罪にあったことを論述した。
  • 「考古学から見た中世の寺院と堂」, 笹生 衛, 『中世寺院 暴力と景観』, 2007年07月01日, 高志書院, 古代末期(10・11世紀)から中世末期(16世紀)までの寺院・堂の遺構を、政治都市、主要地方都市、村落、都市・村落の外縁部といった立地環境と規模で分類し、それぞれの類型が、どの様な変遷をたどったのか分析したものである。この分析を通じて、12世紀における仏教施設の葬送機能の明確化、経塚の造営を通じた古代寺院の復興や神祇信仰の場の仏教化、13・14世紀における居館と隣接する寺院景観の形成、14~16世紀における村落内の仏教施設と付随する年中行事の成立、その年中行事と現在の民俗行事との連続性などについて指摘した
  • 「中世香取社領の形成」, 笹生 衛, 『鎌倉時代の考古学』, 2006年07月01日, 高志書院, 千葉県香取市内、香取神宮周辺に展開する集落遺跡の動態を紀元後1世紀頃から11世紀までの間で分析し、文献史料に記された中世香取社領の形成過程を明らかにした研究である。6世紀末期、香取神宮に隣接して成立する集落が8・9世紀、中臣・卜部姓の人々が居住する神戸集落へと連続し、8世紀中頃には寺院集落も成立、これと関連する山林内の修行場が形成された。この山林部分は10世紀以降、土器生産集落が成立し山林開発の拠点へと変貌した。この神戸集落と山林部分が、12世紀以降、香取社大禰宜・大中臣氏の中核所領に相当することを指摘し
  • 「考古資料から見た古代の亀卜・卜甲と卜部」, 笹生 衛, 『亀卜』, 2006年05月01日, 臨川書店, 神祇官の卜部が行った亀卜について、出土した卜甲・卜骨をもとに、その変遷と性格を整理・分析したものである。分析の結果、日本における亀卜は、6世紀に朝鮮半島から導入されたもので、その遺物・卜甲は、対馬・壱岐以外に6世紀末期から8世紀初頭を中心に関東南部の海浜部で多く出土しており、その背景にはアワビ・カツオ漁といった漁撈活動や大和王権の東北経営が密接に関連していたことを明らかにした。また、牛骨が出土した祭祀遺構に卜甲が伴う事例と延喜式祝詞の検討を行い、道饗祭などの卜部が関与する祭祀の中には、本来は動物供犠祭祀と
  • 「考古学から見た『日本霊異記』」, 笹生 衛, 『歴史評論』, №668, 2005年12月01日, 校倉書房, 8・9世紀代の集落遺跡の全容が、発掘調査によりほぼ明らかになっている下総国印幡郡内の事例をもとに、『日本霊異記』で語られている僧侶の活動を考古資料から跡づけようとした研究である。印幡郡西部における仏教関連遺跡、初期寺院、集落内の仏教信仰のあり方から、下総国分寺→国分寺と関連する地方の小規模寺院→地方の初期寺院→その周辺の集落という仏教の布教ルートを復元し、集落内での仏教信仰の普及には国分寺や初期寺院の僧の活動が関連していたことを明らかにした。また、このあり方は、『日本霊異記』に見られる官大寺僧侶の地方での
  • 「東国神郡内における古代の神仏関係」, 笹生 衛, 『神道宗教』, 199・200号, 2005年10月01日, 神道宗教学会, 千葉県香取市の香取神宮周辺における古代集落遺跡と仏教関連遺跡の分析をもとに、8・9世紀代、東国の神郡・香取郡内の神仏関係について、神宮周辺の景観の中で具体的に復元を試みた研究である。集落内の遺構や墨書土器の分析の結果、8世紀中頃には香取神宮の神官層が仏教信仰を受容し、神宮との間に一定の距離を置く神仏隔離的な側面も持ちながらも、神戸集落に隣接した寺院集落や山林修行の場を成立させていたことを明らかにした。また、9世紀代には、これらの場所を拠点に神郡内に仏教信仰が広まるとともに、古代の山林修行の場は神官層が山林
  • 「古代村落における祭祀の場と仏教施設」, 季刊『考古学』, 87号, 2004年05月01日, 雄山閣, 東国の古代集落内で展開した神祇祭祀や仏教信仰の具体的なあり方を分析した研究である。分析対象としたのは、千葉県鳴神山遺跡である。ここでは、8世紀末期を境に、古墳時代以来の集落全体が信仰の対象となっていた手捏土器の祭祀から、集落内の単位集団別に受容された供献用墨書土器の祭祀に比重が移っていたことが確認でき、仏教信仰は墨書土器の祭祀と歩調を合わせる形で集落内に浸透していったことを解明した。また、個人祭祀として行われていた墨書土器の祭祀は、10世紀以降、陰陽道祭祀の中へ吸収されていったことも指摘した。 
  • 「房総半島における擬餌針の系譜」, 『千葉県立安房博物館研究紀要』, 11, 2004年03月01日, 南関東、三浦半島から房総半島では、古墳時代後期から中世にかけての骨角製擬餌針が出土しており、その機能の年代的な変遷を推定するとともに、その漁撈技術や信仰との関連性について考察を行ったものである。この擬餌針の出土状況や計測値と千葉県立安房博物館に所蔵されている国指定民俗文化財の擬餌針の民俗例とを比較し、古代には主にカツオ釣りに使用されていたこと、中世には多様な魚種を釣る形に発達したことを指摘した。また、古代では「高橋氏文」説話と房総で出土した古墳時代後期のカツオ釣り擬餌針との整合性、中央と地方海産物の神話的
  • 「地域の環境変化と祭祀」, 笹生 衛, 『神道宗教』, 192号, 2003年10月01日, 神道宗教学会, 弥生時代中期(紀元前1世紀)から中世末期(16世紀)までの間の環境変化の中で、信仰・祭祀の場がどのように移動し変遷したかを分析した研究である。分析対象は、房総中部の小糸川流域である。小糸川流域では、1~4世紀頃と10・11世紀頃の2回、大きな環境変化が生じており、その都度、集落、用水・耕地が再編成され、これに連動して祭祀の場や葬送の場も変化していたことが判明した。特に祭祀の場は、集落と耕地・用水系との関係の中で設定される傾向が認められた。そして、各時期の祭祀形態に対応して「地域の神話」が存在し、それが各時
  • 「地下式坑の掘られた風景」, 『戦国時代の考古学』, 2003年06月01日, 高志書院, 従来、葬送施設として見られることが多かった中世地下式坑について、景観復元の視点から分析し直した研究である。分析の結果、15世紀代を中心に、地下式坑は方形竪穴遺構と密接に関係しながら、屋敷地、耕作地などで機能しており、それぞれの場に応じた品物を貯蔵する貯蔵施設であると結論付けた。そして、地下式坑や方形竪穴遺構が集中する遺跡は、墓地と考えられてきたが、地方の流通拠点の場としても機能したことを指摘し、そのような場は15世紀前半代の経済の活況期に、鎌倉の流通拠点機能が地方へと分散する過程で成立したものと推定した。
  • 「集落遺跡の地域動態と墨書土器の出土量変化」, 笹生 衛, 『史館』, 32号, 2003年05月01日, 史館同人, どの程度の量の墨書土器が集落遺跡から出土し、その集落遺跡が一定範囲の地域内にどのように分布するかについて分析・研究したものである。分析では6世紀から11世紀までの竪穴住居等の遺構数の変遷と墨書土器の出土量を集計し、6世紀後半以降の集落の地域動態には、8世紀中頃と9世紀後半に画期があったこと、墨書土器量の出土パターンには8世紀後半にピークがあるもの、9世紀後半にピークがあるものが存在したことを指摘できた。8世紀後半をピークとするパターンには律令の地方行政との関係を推定し、9世紀後半をピークとするパターンには
  • 「古代集落の変化と中世的景観の形成」, 笹生 衛, 『千葉県史研究』, 第11号別冊, 2003年03月01日, 千葉県史料研究財団, 房総中部、小糸川流域の弥生時代中期(紀元前1世紀頃)から中世末期(16世紀代)までの集落遺跡と水田・畑、用水路跡、旧河道の位置関係を総合的に分析し、約1700年間における環境変化と集落景観の変化について論述したものである。分析の結果、1~4世紀頃と10・11世紀頃に小糸川支流の埋没・移動など環境に大きな変化を想定でき、その変化を受けて水田や用水路、畑などの耕作地、集落景観が変化したとことを指摘した。また、10世紀代の集落変化は集落の移動ではなく、環境変化や耕作形態の変化に伴う居住形態の変化であったことを解
  • 「千葉県白浜町における元禄汀線の再検討と村落景観の復元」, 笹生 衛, 『千葉県立安房博物館研究紀要』, 10, 2003年03月01日, 千葉県立安房博物館, 1703年の元禄地震で隆起した房総南端海岸線を、地震以前の絵図から復元し、それと関連する集落景観の変化について分析したものである。地震以前の延宝3年絵図との比較から、白浜町砂取・根本地区の旧海岸線は、現在の標高約5.6m前後の場所に位置していることを証明し、元禄地震で隆起したとされている沼Ⅳ面の一部に、地震以前から陸化していた部分が含まれていたことを解明した。また、この隆起により、新たな水田や畑の開発が行われ、丘陵沿いに展開した集落景観が、元禄地震後、江戸時代後期までには、海に近い範囲にまで拡大し、現在の
  • 「古代仏教の民間における広がりと受容」, 笹生 衛, 『古代』, 第111号, 2002年12月01日, 早稲田大学考古学会, 千葉県内で仏教関連の遺構や遺物が出土した遺跡を取りあげ、8・9世紀代に仏教が集落や地域内で如何に受容されていったかたを論述した。分析の結果、8世紀後半に山林内には多数の寺院が成立し、9世紀前半に寺院規模を拡大させたこと、8世紀末期から9世紀前半にかけて集落遺跡内で豊富に仏教関連遺物が出土し、村寺や村堂などの仏教施設が展開していたことを明らかにした。この背景には、8世紀中頃、国分寺を通じて地方へと導入された中国仏教が影響していたこと、8世紀末期以降、活発化する国分寺や初期寺院の布教活動が存在したことを指摘し
  • 「東国古代集落内の仏教信仰と神祇信仰」, 笹生 衛, 『祭祀考古学』, 第3号, 2002年03月01日, 祭祀考古学会, 東国の8・9世紀の集落内で展開した神祇・道教信仰と仏教信仰の具体的なあり方について論述したもの。神祇祭祀では、6・7世紀以来の伝統的な祭具・手捏土器や祭神名・国玉神などが存在し、古墳時代以来の祭祀の伝統が残されていたと同時に、8世紀後半代には道教的な要素が人面墨書土器や供献用の墨書土器に見られるようになっている。これに連動する形で、8世紀後半以降、仏教信仰が集落内に浸透しており、8世紀後半から9世紀には、集落内に神祇・道教信仰と仏教信仰が混在していたこと、神祇信仰の面的な広がりの上に、仏教信仰は拠点的な施
  • 「東国中世村落の景観変化と画期」, 笹生 衛, 『千葉県史研究』, 第7号, 1999年03月01日, 千葉県史料研究財団, 房総中部、小糸川流域に立地する中世集落遺跡の空間分析から、中世集落の具体的な景観復元とその変遷の画期に関して研究したものである。分析の結果、この地域では12世紀後半には中世の屋敷地が成立し、14世紀代の中世前半までは、中核となる大規模で継続的な屋敷地を中心に、周囲に小規模な屋敷地が緩やかに纏まった集落景観であったことを解明した。そして、その集落景観の一部は、15世紀代には街道に面した部分に屋敷地が集中する街路型集村を形成し、近世へと移行すると推定した。このように集落景観が変化する背景には、14世紀以降の農
  • 「考古学から見た中世寺社」, 笹生 衛, 『帝京大学山梨文化財研究所研究報告』, 第8集, 1997年06月01日, 帝京大学山梨文化財研究所, 全国の中世寺院の遺跡の中で、特徴的な事例をもとに中世寺院遺跡の類型化とその変遷過程を論述したものである。まず、12世紀から16世紀までの間の寺院・仏堂関連遺跡を、古代寺院系中世寺院、氏寺系寺院、村や宿市の寺堂・墓堂に分類し、11世紀代から16世紀代までに5段階の変遷を経て中世寺院遺跡が展開していたことを解明した。そして、中世寺院が確立する12世紀後半代、中世寺院が解体へと向かう15世紀後半代に大きな画期があり、中世墓域の変遷と類似している点について言及し、さらに、中世寺院の中には、古代以来の系譜が考古学的
  • 「上総国畔蒜庄横田郷の荘園調査報告」, 笹生 衛, 『千葉県史研究』, 第3号, 1995年03月01日, 千葉県史料研究財団, 笹生衛、柴田龍司、鈴木哲雄、湯浅治久, 禁裏御料所であった上総国畔蒜庄横田郷の現地調査の報告である。畔蒜庄横田郷には、応永18年の検注帳案、応永23年の名寄帳が残されており、15世紀初頭に郷内に存在した寺社名、住人の名前、水田などの地名を知ることができる。これらの寺社名や地名の多くは、現在の横田地区で確認でき、これに微地形の状況、古代・中世の土器・陶磁器などの散布状況、周辺遺跡の発掘調査成果を総合的に分析することで、小櫃川沿いに展開した当時の村落景観の復元を行った。
  • 「東国における中世墓地の諸相」, 笹生 衛, 『千葉県文化財センター研究紀要』, 16, 1995年01月01日, 千葉県文化財センター, 東国、特に房総の事例を中心に12世紀から16世紀までの墓域景観の性格と変遷について論述したもの。まず、東国の墓域を、武士層型墓域、供養塔・寺院型墓域、土豪層主導型墓域、上層農民層主導集団墓型墓域、農民層屋敷・垣内型墓域に分類した。そして、墓域は10世紀代から16世紀代まで6段階の変遷を経て、古代末期から中世へ、そして近世へと変化していったことを指摘した。その中で、13世紀後半には、鎌倉の葬制が地方へと移入された点、15世紀代に造墓層が拡大し、集団墓に代表される墓域景観が形成されたことも指摘した。
  • 「古代仏教信仰の一側面」, 笹生 衛, 『古代文化』, 第46巻12号, 1994年12月01日, 財団法人古代学協会, 千葉県内の奈良・平安時代の集落遺跡から出土する仏教信仰に関連する遺構・遺物を分析し、古代の寺院以外で展開した仏教信仰の実態について研究したものである。仏教信仰に関連する施設には、仏教儀礼の執行可能な四面庇付建物の大規模な堂から瓦塔などの小規模な堂などがあり、さらに仏堂が存在せず、仏具のみが出土する集落遺跡までが階層的に存在したことを指摘した。また、これらの仏教関連遺跡には、山林内に営まれた寺院集落、村落内の村寺・村堂など多様な性格が推定でき、これらの遺跡は、8世紀末期を画期として広範囲に広がっていったこと
  • 「日本古代の村落と開発に対するコメント」, 笹生 衛, 『歴史学研究』, №638, 1992年10月01日, 歴史学研究会, 千葉県内の北総台地上に立地する集落遺跡と耕地の開発に関する研究である。北総台地では、六世紀後半以降、集落遺跡が各地で成立し、その周囲では畑跡が発見されており、6世紀後半に開発の画期が存在し、それは8世紀後半にさらに拡大する傾向が認められ、その後、10世紀以降、急速に遺構が減少し集落が消滅に向かう。一方、沖積地の市原条里制遺跡では、10・11世紀代に広範囲に条里水田が拓かれており、両者の変化には密接な関連が予想され、10・11世紀代の沖積地での条里水田の整備は、6世紀以来の台地上の集落に大きな変化を与えたこ
  • 「房総の中世土器様相について」, 笹生 衛, 『史館』, 第23号, 1991年12月01日, 史館同人, 千葉県内の中世遺跡から出土する土器・陶磁器の様相を12世紀から16世紀にかけて編年的に整理した研究である。土師質のカワラケの型式分類を軸として共伴する常滑・渥美窯製品、瀬戸製品、貿易陶磁器の組成を7段階に整理して論述してた。また、土師質のカワラケの生産体制については14世紀代を境に荘園公領制に付属した給免田体制から荘園公領の領域を越えた広域流通体制に移行したこと、また、13世紀後半以降、瀬戸製品・貿易陶磁器が鎌倉を中心に供給されていたことも指摘した。
  • 「千葉県の古代末期集落遺跡」, 笹生 衛, 『千葉史学』, 第17号, 1990年11月01日, 千葉史学会, 千葉県内の奈良・平安時代の集落遺跡の中で、8世紀から11世紀代までの竪穴住居等の数量変化を分析し、古代の集落が変化する過程を分析したものである。その結果、北総台地上の集落遺跡では、9世紀後半に竪穴住居数がピークに達した後、10世紀前半に急速に竪穴住居数が減少・消滅に向かう例が多く、沖積平野に面した部分では集落が残存すること、また、土器生産や金属生産等の手工業に関係する集落遺跡は11世紀代にかけて逆に竪穴住居数が増加する傾向を指摘した。その歴史的背景には、沖積平野での耕地の再開発、集約的な手工業生産等、中世
  • 「房総における中世的土器様相の成立過程」, 笹生 衛, 『史館』, 第21号, 1989年05月01日, 史館同人, 南関東、房総における古代末期の土器様相から中世の土器様相が成立する過程を解明した研究である。9世紀代から13世紀代にかけての土器編年を8段階に整理し、灰釉陶器椀類の編年や平安京の土師器皿類との法量比較等から、編年各段階の年代を推定した。また、10世紀後半から11世紀前半を画期として黒色土器椀と土師器皿類で構成される土器組成が成立し、11世紀後半以降、黒色土器が消滅、土師質土器の大小の皿類で構成される中世的な土器様相が成立することを明らかにした。さらに10世紀前後の土器生産集落の事例から、集中的に量産を行う
  • 「奈良・平安時代における疫神観の諸相」, 笹生 衛, 『平安時代の神社と祭祀』, 1986年11月01日, 国書刊行会, 奈良・平安時代に東国を中心に出土する杯・皿形の人面墨書土器に関する研究である。杯形人面土器は、8世紀後半から9世紀代にかけて地方の集落や官衙遺跡から出土することを明らかにし、畿内の壺・甕形の人面墨書土器が疫神を流し祓うのに使用されたのとは異なり、疫神を饗応する伝統的な疫神観に基づき使用された祭具であることを指摘した。また、皿形人面土器は、10世紀以降中世にかけて見られるようになり、陰陽道祭祀と関連しながら使用されたことを論述した。

Misc

  • 平安時代の災害と新たな神祭り―文献史料と気候変動データからみた祭礼の成立—, 笹生 衛, 古代の祭りと災い―疫病・災害・祟り―, 2021年02月26日, 國學院大學学術資料センター
  • 笹生 衛, 青少年教育プログラムとして見た民俗行事, 『青少年教育フォーラム』, 創刊号, 2001年03月01日, 国立オリンピック記念青少年総合センター, 全国に伝わる四季折々の民俗行事の教育的な機能について論述したものである。小正月の鳥追い、夏の虫送り、初秋の盆行事、秋のトウカンヤなどには、いずれも子供たちが祖霊や神と接触して、村落内や家族内で重要な働きをする場が用意されていることを論述し、それらを青少年教育で重要視されている野外体験活動などと関連づけながら、教育プログラムとして展開できる可能性を指摘した。また、これらの民俗行事は自然を祖霊・神仏との関連で意味づけを行う上でも大きな機能を果たしており、環境教育の上でも重要な素材であることを指摘した。

著書等出版物

  • 『房総における歴史時代土器の研究』, 房総歴史考古学研究会, 1987年01月01日, 藤岡孝司、田所真、浅利幸一、笹生衛、豊巻幸正、平田貴正、武部貴充、福間元、関口達彦、折原洋一、石田広実、原田享二、石田守一、高橋康男、倉田義広、穴澤義功、笹生衛、郷堀英司, 房総半島における古墳時代後期(7世紀代)から平安時代(10世紀代)までの土器編年についてまとめ、編年各段階の土器様相とその歴史的背景について論述したもの。
  • 『房総考古学ライブラリー7 歴史時代(1)』, (財)千葉県文化財センター, 1993年03月01日, 大野康男、笹生衛、土屋潤一郎、井上哲朗, 千葉県内の奈良・平安時代の遺跡・考古資料に関する概説書である。官衙遺跡、国分寺、集落遺跡、古代の信仰と葬送、古代における農業・窯業、鉄生産などについて、千葉県内で発掘された遺跡・考古資料をもとに論述したもの。
  • 『千葉県の歴史 資料編 中世1(考古資料)』, 千葉県, 1998年03月01日, 笹生衛、柴田龍司、小高春雄、井上哲朗他22名(共著者多数により、主要執筆者のみ表記。), 千葉県内の中世遺跡の概要をまとめた資料集である。中世土器・陶磁器編年、中世の村落景観、城館の実態について研究成果を論述するとともに、千葉県内所在の中世遺跡128ヶ所の調査成果を紹介したもの。村落、葬送関連遺跡、信仰関連遺跡、城館などを総合的に集成・紹介し、中世の文献史料と考古資料の総合的な分析から中世の村落景観の解明もおこなった。
  • 『神仏と村景観の考古学』, 笹生 衛, 弘文堂, 2005年07月01日, 東国、特に南関東の事例を中心とした、古代から中世にかけての村落と信仰のあり方に関する考古学的な研究である。古代集落内の神祇・道教信仰の祭祀と仏教信仰の関係、官衙内での釈奠などの祭祀の実態解明、古代集落遺跡内の仏教信仰関連施設の類型化と仏教信仰が受容される状況の解明、中世の寺院遺跡の分類と墓域景観の復元を行った。また、古代から中世にかけての信仰と景観変化の関連性について論述し、10~11世紀代の環境変化を受けて、信仰形態や祖先の系譜意識が変化し、それに伴い、集落・村落景観も大きく変化したことを論述した。
  • 『在地社会と仏教』, 独立行政法人文化財研究所奈良文化財研究所, 2006年12月01日, 近藤康司、内田律雄、宮田浩之、冨永樹之、太田愛之、鈴木景二, 奈良文化財研究所が開催した古代官衙・集落研究会の研究集会における報告をもとにした論考と当日の討議録を収録したもの。畿内、関東、出雲、北九州の各地域の遺跡から出土する仏教関係の遺構・遺物について、比較・検討し分析を行うと同時に、これらの考古資料と関連させて地方小寺院の出挙や都鄙間交通の視点で文献史料からの検討も行った。
  • 伊場木簡と日本古代史, 六一書房, 2010年03月25日, 鈴木敏則、山中敏史、渡辺晃宏、向坂鋼二、山本崇, 静岡県伊場遺跡群から出土した古代の木簡のうち、祝詞と呪符と思われるものに関して解説を加え、さらに同時に出土した人面墨書土器・木製形代についても説明したもの。あわせて、静岡県箱根田遺跡、千葉県西根遺跡、福島県荒田目条里から出土した、人面墨書土器、形代類との比較検討を行い、伊場遺跡は、宮都の祭具と東国の祭具の両方の要素を持つこと、呪符木簡は中国仏教が持つ道教的な影響を受けていることを指摘した。
  • 日本神道史, 吉川弘文館, 2010年07月10日, 岡田莊司・藤森馨・西岡和彦・齊藤智朗・加瀬直弥
  • 日本古代の祭祀考古学, 笹生 衛, 吉川弘文館, 2012年03月10日, 序章 第一部 古墳時代における祭祀と祭具の再検討、第一章 古墳時代における祭具の再検討―千束台遺跡祭祀遺構の分析と鉄製品の評価を中心に―第二章 考古資料から見た古代の亀卜・卜甲と卜部、第三章「祖・おや」の信仰と系譜―考古資料と集落・墓域の景観から見た古代の祖先祭祀―、第二部 神郡における神社・祭祀の史的背景、第一章 『常陸国風土記』と古代の祭祀―考古資料から見た鹿島神宮と浮島の祭祀-、第二章 祭祀遺跡の分布と変遷から見た東国神郡の歴史的背景―安房国安房郡の事例を中心に―第三章 宗像沖ノ島祭祀遺跡における遺物組成と祭祀構造―鉄製品・金属製模造品の分析を中心に―、第四章 東国神郡内における古代の神仏関係―香取郡・香取神宮周辺の事例から―、附章 房総半島における擬餌針の系譜―考古資料からのアプローチ―第三部 古代集落と滅罪信仰、第一章 考古学から見た『日本霊異記』―東国の仏教関連遺跡の動向から―、第三章 古代東国における「罪」の信仰とその系譜―「罪」の墨書土器の解釈を中心に―、終 章
  • 特論第3節 富士山の古代祭祀とその背景-火山活動・災害と古代の神観・祭祀-, 山梨県教育委員会, 2012年03月23日, 富士山の古代信仰について、噴火への祭祀の観点から、考古資料と文献史料をもとに分析した。貞観年間の噴火に対する祭祀に象徴されるように、富士山の古代の信仰には噴火を神意とみなし、丁重に祭祀を行う側面がある。この性格は、祭祀遺跡との比較から、7世紀、さらに5世紀まで遡る可能性を指摘した。
  • 事典 神社の歴史と祭り, 吉川弘文館, 2013年04月10日
  • 神と死者の考古学 古代のまつりと信仰, 笹生 衛, 吉川弘文館, 2016年01月01日, 古代の祭祀と信仰の実態について、文献史料と考古資料にもとづき概観した。構成は、以下の通りである。神と死者と古代人-プロローグ。古代祭祀の実態(神道考古学と古代祭祀、祭祀遺跡から古代祭祀を探る、古墳時代祭祀の復元)。古代の神観と祭祀(祭祀遺跡の立地と神、古代の富士山信仰と火山祭祀の系譜)。祖への信仰と祭祀(古墳の儀礼、古墳と祖の祭祀、黄泉の国と祖の継承)。古代祭祀の終焉と現代-エピローグ。

講演・発表

  • 祖先祭祀と墓域の景観、その歴史的な意味 -千葉県市原市、姉崎古墳群と姉崎神社の事例から -., 笹生 衛, 「出ユーラシアの統合的人類史学-文明創出メカニズムの解明-」第4回全体会議, オンライン・ポスター発表, 2021年01月10日
  • 祭祀・古墳・埴輪-祭祀の視点から考える死者と古墳の関係-, 笹生 衛, 和歌山県立紀伊風土記の丘 令和2年度企画展「埴輪が語る古墳の祀り」特別関連シンポジウム, 2020年11月08日
  • 水陸交通の結節点—琵琶湖塩津港遺跡と神社—港湾における古代祭祀と中世への変質—, 笹生 衛, 古代交通研究会 第21回大会, 2021年06月27日
  • 祭祀考古学と日本における神社祭祀の変遷, 笹生 衛, カーメン・ブラッカー女史記念講演会2017, 2017年07月17日
  • 『常陸国風土記』と古代の祭祀―考古資料から見た鹿島神宮と浮島の祭祀―, 笹生 衛, 日本考古学協会2010年度兵庫大会研究発表資料集, 2010年10月01日, 日本考古学協会2010年度兵庫大会実行委員会, 『常陸国風土記』の香島郡条に記された鹿島神宮周辺の記述と、信太郡条に記された浮島の記述を、鹿島神宮周辺の厨台遺跡群や浮島内の尾島貝塚の発掘調査成果と比較検討して、その歴史的な背景を考察したもの。考察の結果、鹿島神宮周辺や浮島の祭祀は、5世紀代までさかのぼること、これらの祭祀は大和王権の東北への水陸交通路と関係して成立したこと、厨台遺跡の集落は、7世紀の中ごろには、鹿島神宮の神戸集落へとつながったこと、を指摘した。
  • 祭具と祭祀構造、祭場の再検討と問題提起, 笹生 衛, 日本考古学協会第77回総会研究発表要旨, 2011年05月28日, 日本考古学協会, 第77回日本考古学協会総会セッション1「考古学から古代の祭祀構造を考える-神道考古学の方法論と展望」における趣旨説明である。大場磐雄以来の神道考古学の枠組みを、最近の考古学成果で再検証し、祭祀遺跡を祭祀の全体構造で分析し、位置づける必要性を指摘した。
  • 葬送と祭祀をめぐって-古墳時代から古代の様相、「祖(おや)」の観念と集落・墓域の景観-, 笹生 衛, 日本考古学協会2011年度大会研究発表要旨, 2011年10月15日, 日本考古学協会, 日本考古学協会2011年度大会シンポジウムⅡ「考古学からみた葬送と祭祀」の基調講演である。『記紀』『古風土記』に見える「祖」「上祖」などの観念が、稲荷山古墳鉄剣銘の「上祖」から5世紀後半まで遡及すること、また、東国の集落遺跡と隣接する古墳群の分析から、5・6世紀に形成された死者観は、8・9世紀まで維持されることを指摘した。さらに、これをもとに、古墳における死者観を考える上で祖(おや)の観念が重要であることも指摘した。

受賞

  • 2004年12月04日, 神道宗教学会, 神道宗教学会賞, 「地域の環境変化と祭祀」他4本の論文
  • 2016年11月01日, 古代歴史文化普及協会, 古代歴史文化賞 優秀作品賞, 著書『神と死者の考古学』

競争的資金

  • 20K00941, 2020, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業, 香取文書の文化財としての保存にむけた基礎的研究
  • 19H05732, 2019, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業, 人工的環境の構築と時空間認知の発達
  • 17K03071, 古代・中世の重要港塩津の総合的研究, 研究協力者を含むメンバー5人による研究会を重ねて、史料調査を進めた。富山県射水市新湊博物館所蔵の石黒家作成近世絵図類のなかに、塩津関係絵図が含まれていることがわかり、「慶応三年四月越前近江糧道測量絵図」・「慶応三年敦賀より琵琶湖北岸迄道筋舟川略図」などのデータを入手した。また旧西浅井町役場所蔵史料を調査し、塩津の地籍図類を撮影した。塩津港遺跡出土起請文木札の文字の再調査を進めるとともに、塩津の歴史・民俗などに関わる先行研究および地元自治体・郷土史家による出版物を収集した。;塩津港遺跡および周辺地区の現地調査をメンバー全員で実施し、立地条件や琵琶湖の水位変動との関わりなどについて検討した。同じく滋賀県埋蔵文化財センターに保管されている塩津港遺跡出土遺物を実見して、京都との関連など、都市的性格について考察した。また塩津と密接な関係にある日本海岸の拠点港敦賀について、敦賀市立博物館での史料調査・情報収集および、古代・中世の敦賀津やそれと密接に関わる気比神社の立地環境などの現地調査を実施した。;このような全員による調査とともに、各メンバーがそれぞれ考古学・文献史学の立場から、関連史料収集や事例分析を進めた。文献史料では、滋賀県立図書館・長浜城歴史博物館・東京大学史料編纂所などで、塩津周辺地域の史料や中世塩津の地頭であった熊谷氏関係史料、琵琶湖・近江の交通関係史料の調査を行った。考古史料では、琵琶湖および各地の津湊関係遺跡や津湊を守護する宗教施設の発掘調査事例などの収集・比較を行った。あわせて、東日本・北日本と畿内の接点となる近江の交通・流通上の役割を再確認した。;近世に西廻り航路が開かれるまで、塩津は畿内と日本海岸を結ぶ最重要港であったが、関連史料が乏しいため、文献史学や歴史地理学からの塩津研究はほとんどなされてこなかった。このため、塩津に関する文献史料や絵図・地籍図の収集・撮影を優先的に進め、史料の残存状況と問題点を把握した。;それとともに、琵琶湖岸から発見された11~14世紀の塩津港遺跡について、遺跡の立地環境や出土遺物を調査して、その特徴を確認するとともに、湖岸環境の変化を含む県内および県外各地の津湊に関する考古・文献史料の収集を進めた。また11世紀に遡る神社遺構や最古の起請文木札が検出されているため、神社関係の絵画資料・発掘事例や起請文を収集・整理するなど、広い角度から資料収集と分析を進めた。;また塩津と陸路でつながり、日本海側の入り口となる敦賀津やそれを守護する気比神社の現地調査を実施し、あわせて、現段階における塩津港遺跡の交通史上の特質を整理・確認して、課題の共有を図ることができた。;今年度の成果をふまえ、周辺の自治体や資料館などに残された塩津関連史料の調査を継続するとともに、古代~近世の和歌・紀行文などに描かれた塩津および周辺地域の記述の収集など、広く文献史料の分析を進める。あわせて読みの確定できていない遺跡出土起請文木札の再検討を行い、塩津・塩津港の実態を文献史学の方法で明らかにする。;塩津港遺跡出土遺物が示す都市的性格を、同時期の京都などとの関連から検討する。また護岸工事のあり方など、土木技術の側面からも事例調査を進め、考古学的位置づけを明確にする。あわせて、年中行事絵巻などの絵画資料に描かれた神社の分析を通じて、遺跡出土の神社遺構・遺物の性格を明らかにする。;塩津港遺跡は14世紀末には水没しているが、これは湖西と若狭をつなぐ平安・鎌倉期の拠点港木津と全く同じ変化であるため、木津との比較検討を進める。また塩津と敦賀をつなぐルートの延長線上にあり、共通した性格を有する石川県羽咋市寺家遺跡や気多神社の現地調査を実施し、港湾の立地環境変化や神社のあり方などについて検討する。
  • 15K02824, アイヌ文化の基層と形成過程における古代日本文化の影響に関する基礎的研究, 2018年2月10日に厚真町での遺物調査を実施した。宇隆1遺跡出土の12世紀代の常滑産陶器壺を観察し、平泉との交流の可能性や、祭祀遺物としての評価に関して意見交換した。上幌内モイ遺跡出土の炭化イナキビや、破砕され被熱した銅鋺、五所川原産須恵器などを観察し、擦文期の儀礼と、同時期の本州北部の儀礼、民族誌的なアイヌ文化の儀礼との異同について検討した。さらに、オニキシベ2遺跡出土の刀剣類、玉類・銭貨や、スタンプ文をもつ漆器、上幌内2遺跡出土の刀剣類ほか、12世紀代の秋草双鳥鏡(コイル状鉄製品と共伴)などを調査した。;翌11日-12日には北海道大学アイヌ・先住民研究センター(札幌市)を会場として総括研究会を実施した。11日は、厚真町の約10年間の発掘調査のうち、特に祭祀・儀礼にかかわる考古学的事例が報告された。また、北海道出土の木製品に関する年代測定の事例報告がなされた。;12日には個別テーマの研究報告と意見交換をおこなった。古代の列島北方地域における祭祀・儀礼に関する遺物について、先行研究をまとめ、錫杖状鉄製品、銅鋺、コイル状鉄製品などの出土状況を集成し、それらの遺物の機能や、分布の意味などについて意見交換した。さらに、古代東ユーラシアにおける交易商人と仏教とのかかわりや、中世九州の在地社会における荘園と仏教信仰との関係、近世蝦夷地における場所経営と祭祀・信仰とのかかわりに関する研究報告がなされた。;以上によって、前近代のアイヌ・北方地域においては、交通・交流・交易の要衝に祭祀・儀礼の痕跡が多い傾向が明瞭となった。また、祭祀・儀礼の概念について、機能論や行為論の視座から具体的に掘り下げる必要性が指摘された。アイヌの固有信仰の形成・展開における古代日本の祭祀・儀礼との関連について、現時点で断案は示しえないが、今後の研究の方向性を探るうえで基礎となる研究成果を得ることができた。
  • 24401027, 日本古代の仏教受容と東アジアの仏教交流, 平成24年度は韓国の九山禅門を中心とする禅宗寺院の調査をおこない、金石文の調査・記録を実施するとともに、現地研究者との学術交流をおこなった。平成25・26年度は、中国山西省南部~陝西省西安市までを対象として、『入唐求法巡礼行記』にもとづく入唐僧円仁の行程調査を実施し、唐代における歴史的景観や交通路を復元した。;最終年度末には、日本・中国・韓国3ヵ国の研究者による国際シンポジウムを開催し、最新の研究状況の確認や国内外の研究者との学術交流をおこなうとともに、平成24~26年度の研究成果を公表した。現在、シンポジウムの成果を広く公開するため、書籍として刊行するべく準備を進めている。

教育活動

担当授業

  • 神道史学演習I, 2019, 日本人の信仰、神祭りの起源や歴史について考える場合、遺跡や出土遺物の分析から導き出された考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない場合は、それは顕著となる。この演習では、その考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」である考古資料から信仰や祭りといった精神的な営みを探る方法について理解を深めることを目的とする。| 3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして取り上げ、自らの関心に近い内容選び分担して講読する。講読に当たっては、随時、教員から解説を加え、祭祀考古学の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らのテーマを決定し、中間リポートを作成する。| 4年生は、自らのテーマに沿って資料を作成・発表し、演習リポートを作成する。
  • 神道史学演習II, 2019, 日本人の信仰、神祭りの起源や歴史について考える場合、遺跡や出土遺物の分析から導き出された考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない場合は、それは顕著となる。この演習では、その考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」である考古資料から信仰や祭りといった精神的な営みを探る方法について理解を深めることを目的とする。| 3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして取り上げ、自らの関心に近い内容選び分担して講読する。講読に当たっては、随時、教員から解説を加え、祭祀考古学の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らのテーマを決定し、中間リポートを作成する。| 4年生は、自らのテーマに沿って資料を作成・発表し、演習リポートを作成する。
  • 神道史学演習I, 2019, 日本人の信仰、神祭りの起源や歴史について考える場合、遺跡や出土遺物の分析から導き出された考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない場合は、それは顕著となる。この演習では、その考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」である考古資料から信仰や祭りといった精神的な営みを探る方法について理解を深めることを目的とする。| 3年生は、笹生衛著『神と死者の考古学』をテキストとして取り上げ、自らの関心に近い内容選び分担して講読する。講読に当たっては、随時、教員から解説を加え、神道(祭祀)考古学の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らのテーマを決定し、中間リポートを作成する。| 4年生は、自らのテーマに沿って資料を作成・発表し、演習リポートを作成する。
  • 神道史学演習II, 2019, 日本人の信仰、神祭りの起源や歴史について考える場合、遺跡や出土遺物の分析から導き出された考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない場合は、それは顕著となる。この演習では、その考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」である考古資料から信仰や祭りといった精神的な営みを探る方法について理解を深めることを目的とする。| 3年生は、笹生衛著『神と死者の考古学』をテキストとして取り上げ、自らの関心に近い内容選び分担して講読する。講読に当たっては、随時、教員から解説を加え、神道(祭祀)考古学の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らのテーマを決定し、中間リポートを作成する。| 4年生は、自らのテーマに沿って資料を作成・発表し、演習リポートを作成する。
  • 宗教考古学I, 2019, 文字資料が殆ど存在しない弥生時代から古墳時代、中でも神祇祭祀と密接に関係する古墳時代の信仰・祭祀の具体的な様子について考古資料から考える。また、古墳時代の祭祀と奈良・平安時代の神祇祭祀とは、どの様な関係にあるのかについても併せて考え、神社や神道信仰の起源を考古資料から考察する。
  • 宗教考古学II, 2019, 奈良・平安時代の神祇祭祀と仏教信仰の実態について考古資料を使って跡づける。特に、文献史料が残されていない、地方村落内における信仰のあり方を、墨書土器や形代類、手捏土器、仏具類などの出土状況から復元する。また、古代から中世への変化について、集落景観の変化、死者を葬る墓制、寺院・堂など仏教施設の変化を解説し、さらに、現在の民俗信仰との関連についても触れる。考古学の「もの資料」をもとに、現在までつながる伝統的な信仰の流れを考察する。
  • 宗教考古学I, 2019, 前期の細かな授業内容については、宗教考古学1を参照してください。|後期の細かな授業内容については、宗教考古学2を参照してください。
  • 宗教考古学II, 2019, 奈良・平安時代の神祇祭祀と仏教信仰の実態について考古資料を使って跡づける。特に、文献史料が残されていない、地方村落内における信仰のあり方を、墨書土器や形代類、手捏土器、仏具類などの出土状況から復元する。また、古代から中世への変化について、集落景観の変化、死者を葬る墓制、寺院・堂など仏教施設の変化を解説し、さらに、現在の民俗信仰との関連についても触れる。考古学の「もの資料」をもとに、現在までつながる伝統的な信仰の流れを考察する。
  • 宗教考古学, 2019, 前期の細かな授業内容については、宗教考古学1を参照してください。|後期の細かな授業内容については、宗教考古学2を参照してください。
  • 宗教考古学I, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と PowerPoint を利用した遠隔授業を組合せ|て実施する。 講義では文字資料が殆ど存在しない弥生時代から古墳時代、中でも神祇祭祀と密接に関係する古墳時代の信仰・祭祀の具体的な様子について考古資料から考える。また、古墳時代の祭祀と奈良・平安時代の神祇祭祀とは、どの様な関係にあるのかについても併せて考え、神社や神道信仰の起源を考古資料から考察する。|前期休講する授業3回分に対応する課題として論文〔笹生衛「日本における古代祭祀研究と沖ノ島祭祀」『「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告Ⅱ-1』(オープンアクセス可能)の内容を要約し、感想をまとめたリポート(2000字以上)を作成し提出しなさい。
  • 宗教考古学II, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型オンライン授業(ライブ配信)として実施する。 毎時間、パワーポイントの資料を使い講義を行なう。|主に奈良・平安時代の神祇信仰と仏教信仰の実態について考古資料を使って跡づける。特に文献史料が残されていない、地方村落(東国の古代集落)内の信仰のあり方を、墨書土器や形代、手捏土器、仏具類などの出土状況から復元する。また、古代から中世への変化について、集落景観の変化、死者を葬る墓制、寺院・堂などの仏教施設の変化から解説し、さらに、現在の民俗信仰との関連についても触れる。考古学の「もの資料」をもとに、現在までつながる伝統的な信仰の流れを考察する。
  • 宗教考古学I, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と PowerPoint を利用した遠隔授業を組合せ|て実施する。 講義では文字資料が殆ど存在しない弥生時代から古墳時代、中でも神祇祭祀と密接に関係する古墳時代の信仰・祭祀の具体的な様子について考古資料から考える。また、古墳時代の祭祀と奈良・平安時代の神祇祭祀とは、どの様な関係にあるのかについても併せて考え、神社や神道信仰の起源を考古資料から考察する。|前期休講する授業3回分に対応する課題として論文〔笹生衛「日本における古代祭祀研究と沖ノ島祭祀」『「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告Ⅱ-1』(オープンアクセス可能)の内容を要約し、感想をまとめたリポート(2000字以上)を作成し提出しなさい。
  • 宗教考古学II, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型オンライン授業(ライブ配信)として実施する。 毎時間、パワーポイントの資料を使い講義を行なう。|主に奈良・平安時代の神祇信仰と仏教信仰の実態について考古資料を使って跡づける。特に文献史料が残されていない、地方村落(東国の古代集落)内の信仰のあり方を、墨書土器や形代、手捏土器、仏具類などの出土状況から復元する。また、古代から中世への変化について、集落景観の変化、死者を葬る墓制、寺院・堂などの仏教施設の変化から解説し、さらに、現在の民俗信仰との関連についても触れる。考古学の「もの資料」をもとに、現在までつながる伝統的な信仰の流れを考察する。
  • 神道史学演習I, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と PowerPoint を利用した遠隔授業を組合せ|て実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。|なお、前期の3回休講分の課題として、3年生は中間リポートのテーマとイメージについて、4年生は卒業リポートの概要と進捗状況を2000字以上のリポートとしてまとめ提出すること。
  • 神道史学演習II, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と PowerPoint を利用した遠隔授業を組合せ|て実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。|なお、前期の3回休講分の課題として、3年生は中間リポートのテーマとイメージについて、4年生は卒業リポートの概要と進捗状況を2000字以上のリポートとしてまとめ提出すること。
  • 神道史学演習I, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と PowerPoint を利用した遠隔授業を組合せ|て実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。|なお、前期の3回休講分の課題として、3年生は中間リポートのテーマとイメージについて、4年生は卒業リポートの概要と進捗状況を2000字以上のリポートとしてまとめ提出すること。|
  • 神道史学演習II, 2020, 本授業は、Zoom を利用した双方向型授業と PowerPoint を利用した遠隔授業を組合せ|て実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。|なお、前期の3回休講分の課題として、3年生は中間リポートのテーマとイメージについて、4年生は卒業リポートの概要と進捗状況を2000字以上のリポートとしてまとめ提出すること。|
  • 宗教考古学, 2020, 文字資料が殆ど存在しない弥生時代から古墳時代、中でも神祇祭祀と密接に関係する古墳時代の信仰・祭祀の具体的な様子について考古学資料から考える。また、古墳時代の祭祀と奈良・平安時代の神祇祭祀とは、どのような関係にあるのかについても、あわせて考え、神社や神道信仰の起源について考古学の「もの資料」や遺跡から復元できる「景観」を考察する。|なお、前期の本授業は、基本的にZoom を利用した双方向型授業と PowerPoint を利用した遠隔授業を組合せて実施する。 また、前期休講する授業3回分に対応する課題として論文〔笹生衛「日本における古代祭祀研究と沖ノ島祭祀」『「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告Ⅱ-1』(オープンアクセス可能)の内容を要約し、感想をまとめたリポート(2000字以上)を作成し提出しなさい。
  • 宗教考古学I, 2021, 本授業は、PowerPoint を使い、遠隔授業【オンディマンド】で講義をおこなう。 講義では文字資料が殆ど存在しない弥生時代から古墳時代、中でも神祇祭祀と密接に関係する古墳時代の信仰・祭祀の具体的な様子について考古資料から考える。また、古墳時代の祭祀と奈良・平安時代の神祇祭祀とは、どの様な関係にあるのかについても併せて考え、神社や神道信仰の起源を考古資料から考察する。|
  • 宗教考古学II, 2021, 本授業は、毎時間、パワーポイントを使い、本授業は、PowerPoint を使い、遠隔授業【オンディマンド】で講義をおこなう。 |主に奈良・平安時代の神祇信仰と仏教信仰の実態について考古資料を使って跡づける。特に文献史料が残されていない、地方村落(東国の古代集落)内の信仰のあり方を、墨書土器や形代、手捏土器、仏具類などの出土状況から復元する。また、古代から中世への変化について、集落景観の変化、死者を葬る墓制、寺院・堂などの仏教施設の変化から解説し、さらに、現在の民俗信仰との関連についても触れる。考古学の「もの資料」をもとに、現在までつながる伝統的な信仰の流れを考察する。
  • 宗教考古学I, 2021, 本授業は、PowerPoint を使い、遠隔授業【オンディマンド】で講義をおこなう。 講義では文字資料が殆ど存在しない弥生時代から古墳時代、中でも神祇祭祀と密接に関係する古墳時代の信仰・祭祀の具体的な様子について考古資料から考える。また、古墳時代の祭祀と奈良・平安時代の神祇祭祀とは、どの様な関係にあるのかについても併せて考え、神社や神道信仰の起源を考古資料から考察する。|
  • 宗教考古学II, 2021, 本授業は、毎時間、パワーポイントを使い、本授業は、PowerPoint を使い、遠隔授業【オンディマンド】で講義をおこなう。 |主に奈良・平安時代の神祇信仰と仏教信仰の実態について考古資料を使って跡づける。特に文献史料が残されていない、地方村落(東国の古代集落)内の信仰のあり方を、墨書土器や形代、手捏土器、仏具類などの出土状況から復元する。また、古代から中世への変化について、集落景観の変化、死者を葬る墓制、寺院・堂などの仏教施設の変化から解説し、さらに、現在の民俗信仰との関連についても触れる。考古学の「もの資料」をもとに、現在までつながる伝統的な信仰の流れを考察する。
  • 神道史学演習I, 2021, 本授業は、対面授業で実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。必要に応じて適宜、大学博物館の見学や遺物の観察を行う。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。||
  • 神道史学演習II, 2021, 本授業は、対面授業で実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。必要に応じて適宜、大学博物館の見学や遺物の観察を行う。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。||
  • 神道史学演習I, 2021, 本授業は、対面授業で実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。必要に応じて適宜、大学博物館の見学や遺物の観察を行う。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。||
  • 神道史学演習II, 2021, 本授業は、対面授業で実施する。 日本人の信仰と神祭り「祭祀」の起源や歴史を考える場合、遺跡や出土遺物の分析から明らかとなる考古学の研究成果は有効な材料となる。特に、文献史料が残されていない時代においては、考古資料の活用は特に有効となる。この演習では、考古資料の見方を学ぶと同時に、「もの資料」の考古資料から信仰や祭祀を探る方法について理解を深める。必要に応じて適宜、大学博物館の見学や遺物の観察を行う。|3年生は、笹生衛『神と死者の考古学』をテキストとして、自らの興味関心にそった内容を選び分担して発表・講読する。講読に当たっては、随時、教員が解説を加え、祭祀に関する考古学「祭祀考古学」の基本的な用語・考え方を理解する。その上で、自らの研究テーマを決定し、中間リポートを作成する。|4年生は、自らの研究テーマにもとづき資料を作成して発表を行ない、演習リポートを作成する。||
  • 宗教考古学, 2021, 本授業は、PowerPoint を使い、遠隔授業【オンディマンド】で講義をおこなう。文字資料が殆ど存在しない弥生時代から古墳時代、中でも神祇祭祀と密接に関係する古墳時代の信仰・祭祀の具体的な様子について考古学資料から考える。また、古墳時代の祭祀と奈良・平安時代の神祇祭祀とは、どのような関係にあるのかについても、あわせて考え、神社や神道信仰の起源について考古学の「もの資料」や遺跡から復元できる「景観」を考察する。

オフィスアワーの実施時期・曜時

  • 2018

学外活動

学協会活動

  • 日本考古学協会, 1993年05月
  • 祭祀考古学会, 1994年06月
  • 神道宗教学会, 2000年12月
  • 神道宗教学会
  • 日本考古学協会