K-ReaD( Kokugakuin University Researcher’s Achievement)

飯倉 義之
文学部 日本文学科
准教授
Last Updated :2019/07/08

研究者基本情報

氏名

  • 氏名

    飯倉 義之, イイクラ ヨシユキ

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所属・職名

  • 文学部 日本文学科, 准教授

学位

  • 2008年03月, 博士(文学), 國學院大學, 文甲第109号

本学就任年月日

  • 2013年04月01日

研究分野

  • 口承文芸学、民俗学、現代民俗, 口承文芸研究の方法を、現在の社会や文化を理解する方法として用いる

研究活動

論文

  • 日本色話大成序説――研究史の整理から――, 飯倉義之, 國學院雑誌, 119, 10, 1, 19, 2018年10月15日, 國學院大學
  • 神なき時代の妖怪学――現代怪異譚の「始末」について――, 飯倉義之, 橘弘文・手塚恵子(編)『文化を映す鏡を磨く――異人・妖怪・フィールドワーク――』, 140, 155, 2018年07月20日, せりか書房
  • 口承 二〇一二~二〇一四、震災と総括の時期, 飯倉 義之, 『日本民俗学』, 293号, 78, 89, 2018年02月28日, 日本民俗学会, 『日本民俗学』の恒例特集である「日本民俗学の研究動向」の、2012~2014年の口承文芸研究における動向を展望整理した。
  • 「妖怪の文法」の可能性――『日本怪異妖怪大事典』をもとに――, 飯倉 義之, 小松和彦(編)『進化する妖怪文化研究』, 175, 190, 2017年10月16日, せりか書房, 国際日本文化研究センターのデータベース「怪異・妖怪伝承データベース」はその初発に、怪異・妖怪伝承に頻出する属性を抽出し、その文化的傾向を明らかにしようとする意図があった。しかし、その資料数とデータベース完成の急務を前に、その分析は十全にはできなかった。 本論文は、先に刊行された同DBの項目を基とした『日本怪異妖怪大事典』の項目から怪異・妖怪の容姿・出現・行動を抽出し、怪異・妖怪伝承を成立させている文化的コード(妖怪の文法)を指摘することが可能であることを論じた。
  • 猫は化けるが役に立つ──猫をめぐる民俗, 飯倉 義之, 『猫の怪〈江戸怪談を読む〉』, 170, 184, 2017年07月20日, 白澤社[発行]・現代書館[発売], 民俗文化における、猫にまつわる怪異伝承と猫の俗信について、江戸の怪談文化と関連させつつ、一般読者にもわかりやすく説明した。
  • 都市伝説とメディアの変遷――都市民俗・ネットロア・SNS――, 『こえのことばの現在:口承文芸の歩みと展望』, 168, 182, 2017年04月30日, 三弥井書店, 日本における「都市伝説」という概念の移入と普及、変容、その後の展開について、商業メディアの動向を踏まえて初学者に向けて概説した。
  • 口承文芸研究はなぜ「疑似的な声」と向き合えないのか, 飯倉 義之, 『國學院雑誌』, 118巻4号, 2017年04月30日, 國學院大學, 口承文芸研究が昔話の話型研究を中心に発展してきたが、1990年代に話型研究偏重の反省から現代のハナシの生まれる場を問う〈口承〉研究が生まれたものの、その問いは秘録は共有されなかったという学問史の整理を踏まえて、口承文芸研究が現代のwebやSNSなどの「疑似的な声」から生まれるハナシに十分に向き合えていないこと、そのための理論と方法論の必要性などを説いた。
  • 現代都市のコミュニケーションと「陰謀論」的思考, 都市民俗研究, 22, 55, 66, 2017年02月28日, 都市民俗研究会(國學院大學研究開発推進機構研究開発推進センター内), 現代のweb社会の問題として存在している「陰謀論」的思考について、口承文芸の視点から解説・論述した。
  • SHUBUYAに聖地は似合わない――ポピュラーカルチャー「聖地巡礼」と渋谷――, 渋谷 にぎわい空間を科学する, 渋谷学叢書5, 327, 343, 2017年02月28日, 雄山閣, 日本各地でマンガ・アニメ・ゲーム等を中心とするポピュラーカルチャー「聖地巡礼」が盛んな昨今であるが、渋谷はそうした「聖地巡礼」の対象とはなっていない。なぜ渋谷が「聖地」とならないのかを、アニメーション映画「バケモノの子」(2015)ほか、渋谷を舞台とする作品の検討と、現地での観察を基に論じた。
  • 交じり合え、メディアーー二〇一〇年代、メディアミックスの現在ーー, ライトノベル・フロントライン, 3, 44, 46, 2016年12月31日, 青弓社, ライトノベルを中心とした、エンタテインメントにおけるメディアミックスの現在について、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)が普及しつつある現状を踏まえて整理した。
  • 怪談の文法を求めてー怪談実話/実話怪談の民話的構造の分析ー, 怪異を魅せる, 怪異の時空 2, 251, 274, 2016年12月01日, 青弓社, 現在、流行している実話怪談(怪談実話)という怪談文芸のジャンルについて、解決のつかない語り口(未決感)が「実話怪談(怪談実話)らしさ」を担保していることを、ロシアの民俗学者・プロップが用いた構造分析的手法を用いて論じた。
  • 口裂け女の誘い ――野村純一の都市伝説研究――, 野村純一 怪異伝承を読み解く;やまかわうみ別冊, 12, 18, 2016年07月07日, アーツアンドクラフツ, 國學院大學の伝承文学専攻を開いた、本学元名誉教授で国文学者・昔話研究者の故・野村純一博士は、日本の昔語り研究の第一人者でありつつ、積極的に現代の世間話や都市伝説についても論攷を発表した。 本論では、そうした野村の世間話・都市伝説研究を「口裂け女」の噂の分析を軸として考察し、野村は動的でうつろいやすいハナシが、流動性を失う代わりに形式を整えて、静的でしっかりとした構造を備えたカタリの文芸に成長するという視座を持っていたことを明らかとした。
  • 妖怪は紙とインクでできているーマンガの中の妖怪文化ー, ユリイカ, 48-9, 219, 225, 2016年07月01日, 青土社, 水木しげるを軸として、戦後に「妖怪」伝承がマンガの中で取り上げられ、人気となっていく経緯と、現代において妖怪をマンガに描くことがいかなる意味を持ちうるのかについて、論じた。
  • 描かれる異類たち-妖怪画の変遷史-, 妖怪・憑依・擬人化の文化史, 29, 38, 2016年02月15日, 笠間書院, 日本文化における妖怪の図像化の歴史と変遷について論じた。
  • ゆるキャラとフォークロア-ゆるキャラに擬人化される民間伝承-, 妖怪・憑依・擬人化の文化史, 80, 93, 2016年02月15日, 笠間書院, 日本各地の自治体や団体で作られているマスコットキャラクターである「ゆるキャラ」に、多くの伝説や祭礼などの民間伝承が利用されていることを指摘し、その実態と擬人化の様式について整理した。
  • 動物霊が友達になるまで, 妖怪・憑依・擬人化の文化史, 181, 185, 2016年02月15日, 笠間書院, かつては祟りをもたらす存在として恐れられていた動物の霊が、人間と動物の関係の変化により、現代では家族同様に暮らしたペットの霊の出現譚にみられるように人間化されていることを論じた。
  • 妖怪の擬人化、そして人間化, 妖怪・憑依・擬人化の文化史, 270, 274, 2016年02月15日, 笠間書院, 日本のポピュラーカルチャーにおける妖怪の描かれ方について、以前は「人間以外の他者としての恐怖の対象」であったものが、時代とともに人間と相互理解可能な存在として描かれるようになり、現代では異能力を持つ人間同様の存在として描かれているという変遷を指摘した。
  • 第5章 感性を育む 1 学校の怪談, はじめて学ぶ民俗学, 100, 109, 2015年09月30日, ミネルヴァ書房, 民俗学の入門書として、口承文芸研究の概説を、初学者に向けてまとめた。
  • 妖怪とゆるキャラの間-妖怪ゆるキャラから見る現代の妖怪文化-, 子どもの文化, 2015年9月号, 18, 23, 2015年09月01日, 子どもの文化研究所, 現代文化における「妖怪」のキャラクター化について、妖怪伝承の「ゆるキャラ」化を事例として分析し、現代において妖怪は不吉・不気味・脅威といったマイナスイメージを取り除くことができる「キャラクター」として扱われていることを指摘した。
  • 口承文芸の落日、口承文芸の声, 歴博, vol.191, 2, 5, 2015年07月20日, 国立歴史民俗博物館, 1996年、大林太良に「歴史的な役割を終えた」と喝破された口承文芸は、現在のデジタル文化の中でその研究のありようを見失いつつある。 本稿では、そうした口承文芸の現在を「口承文芸研究の夜」ととらえ、「夜」の到来までの黎明、白昼、昼下がり、落日の研究史を整理し、「夜」を抜け出すためにいかなる方法を模索すべきであるかを示唆した。
  • 井戸と屋敷と女と霊と-「都市における死」と皿屋敷怪談-, 皿屋敷 幽霊お菊と皿と井戸, 187, 204, 2015年07月07日, 白澤社(発行)・現代書館(発売)
  • 「節分の巻き寿司(恵方巻)行事」から見る年中行事の現在――恵方を向いてまるかぶれ・ふたたび――, 國學院雑誌, 116巻5号, 1, 25, 2015年05月15日, 國學院大學, 幸運や健康を招く行事食として、二月節分に巻き寿司(恵方巻)が商業的にPRされるようになって久しい。本来は大阪・船場の一部の商家の家例であったといわれる巻き寿司行事は、1989年にコンビニエンスストア「セブン・イレブン」の一部店舗で行事食としてPR去れたのを契機に、主にコンビニ業界の広告宣伝により全国に普及した。 本項では、2015年に配布された恵方巻の広告チラシほ収集・分析し、2005年のチラシ資料との比較を通じて、現代日本の年中行事意識について考察した。 現代日本において年中行事は、生業や生活のリズムと密接にかかわる「生活の折り目としての年中行事」と、それらとの関連が薄い「ファッションとして選び取られる年中行事」の二層があると指摘した。
  • 異「人」化する妖怪言説――「正体探し」と「異界殺し」――, 異人論とは何か, 173, 191, 2015年03月31日, ミネルヴァ書房, 「妖怪」の正体を、外国人漂流者や製鉄等に従事した職業民、被差別民といった歴史的に実在した「異人」に投影する、学術的にはおよそ認めがたい言説が、主に商業メディアにおいて一定の人気を保っていることを整理した。 そうして近年のそうした言説は特にインターネット上にも集中して出現しており、それらの言説は「妖怪」を積極的に「ある種の人間」と同一視しようとしていることを指摘。そこには、妖怪という究極の「異人」を「人間」のカテゴリに回収しようとする心性が働いていること、そうした心性は「他者」への不寛容を抱える現代社会の動向とも密接に関わっているのではないかと分析した。
  • 妖怪のリアリティを生きる――複数のリアリティに〈憑かれる〉可能性――, 現代民俗学研究, 7号, 5, 13, 2015年03月31日, 現代民俗学会, 廣田龍平「妖怪の、一つではない複数の存在論」『現代民俗研究』6,2014は、民俗学の妖怪研究においては、妖怪の実在を不問にして妖怪存在の伝承を聴くという「聴き手の側が無意識に拠って立つ方法論的不可知論」が取られていると指摘している。 本論ではその指摘を受け、そのような「方法論的不可知論」が怪異・妖怪研究という、科学の立場からは迷信として切り捨てるべきものとされたり、商業メディアで興味本位に取り上げられたりしやすい題材を人文科学として扱うときのひとつの「作法」だったのではないかと指摘。 さらに自身の精霊体験に踏み込んだ民俗誌である、石井美保『精霊たちのフロンティア』2007を援用し、怪異・妖怪研究においても「妖怪のいるリアリティ」「妖怪のいないリアリティ」など複数のリアリティを往還する態度を取れるのではないかと整理、そうしたリアリティの往還は妖怪研究のみならず、フィールドワークを成立させる態度祖のものなのではないかとまとめた。
  • 渋谷を巡るハナシと記憶――生きられる渋谷のために――, 都市民俗研究, 20号, 47, 64, 2015年02月28日, 都市民俗研究会, 渋谷を舞台として話される民間説話の打ち、特に伝説・世間話・都市伝説に注目し、その話の舞台となる場所性とハナシの性質の違いから、渋谷という土地のありかたを考察した。 歴史上の出来事を語る「伝説」は、渋谷の地形と深くかかわり、台地上の社寺にまつわる伝説と、川筋・谷筋の水にかかわる伝説とに大別できる。渋谷の「伝説」には、渋谷の歴史的な背景が反映されていることがわかる。 渋谷の「世間話」は山手線沿いに多く展開している。近代に切り開かれ、発展した渋谷の生活者が伝える日常の説話が渋谷の「世間話」といえる。 渋谷を舞台とする「都市伝説」は、その空間を漠然と「シブヤ」とするだけで、特定の場所性を持たない、もしくは希薄な説話が多い。このことから渋谷を舞台とする「都市伝説」は、外部から渋谷を訪れるストレンジャーたちの「渋谷」へのイメージが投影された説話であるということができる。 渋谷学の展開として、渋谷に通う学生たちが歴史を背景とした伝説、生活を背景とした世間話と親しむことで、「外来者としての渋谷」ではなく、「生きられる場としての渋谷」を身に着けることが可能になるのではないかと提言した。
  • 娯楽としての戦争、演じられる戦争、物語としての戦争, 子どもの文化, 46巻9号, 22, 27, 2014年10月01日, 子どもの文化研究所, 戦争研究は主に歴史学において、戦争に至るまでの経緯や戦場で何があったかという史実として論じられている。しかしそのような「事実としての戦争」は、意思決定の場や戦場にいた者のみが体験する戦争である。  戦中・戦前における戦争のイメージは、非戦地にいた一般の民衆には、体験談として語られる戦争、物語に演じられる戦争、絵画や映画に描かれた戦争、日用品を彩った戦争の数がらなど、戦争を表象する娯楽を通して浸透していたことを指摘し、それを「戦争の物語」と名付けた。  そうして戦中には「かっこいい戦争」「正しい戦争」の物語が、戦後には「反戦の物語」が戦争の物語の主流としてあった。最近のweb等での嫌韓・嫌中やヘイトスピーチなどの言説には、そうした「反戦の物語」を担ってきた戦後思想や学校的思想への反発から「反・帆船の物語」に賛同が集まるようになっている。こうした動きに対抗できるのは「反戦の物語」の強化ではなく、「反「反・反戦」の物語」だと指摘した。
  • 転生する都市伝説――「棒の手紙」を例として――, 伝承文化研究, 12号, 1, 9, 2014年04月25日, 國學院大學伝承文化学会, 現代の都市伝説は通信メディア等を経由して広まり、通信メディア内部で生成するだけでなく、通信メディアそのものが都市伝説の器として立ち上がりもする。「棒の手紙」はそのような都市伝説の一つである。 「棒の手紙」とは、1970年代に流行したチェーンレター「不幸の手紙」のバリエーションで、「不幸」が誤記されて「棒」に変化して広まったバージョンである。「棒の手紙」は1996年ごろ流行し、数年で廃れていった。 しかし2013年現在、口承の説話において、一例だけであるが「「棒の手紙」をうけとった人のところに棒が来る、棒にされて殺される」という話が採集されている。 この事例をモデルとして、都市伝説は口承から生まれ、メディアで広がるというのが従来の図式であったが、メディアで広まった都市伝説を受け取った人々がそこから再び口承の説話を生み出す可能性についても検討しなくてはならないと論じた。
  • 河童死して手を残す――河童遺物伝承の整理――, 河童とはなにか:歴博フォーラム(民俗展示の新構築), 211, 246, 2014年03月31日, 岩田書院, 日本の代表的な水辺の妖怪である「河童」が、人間に物品を渡したという伝承は各地に数多く残る。しかし、これまでの民俗学では積極的な分析はされてこなかった。 本稿では、そうした伝承を河童遺物伝承とまとめ、詫び証文を残す場合、物品を残す場合、体の一部を残す場合の三通りに分類して考察した。 河童の詫び証文は東日本に多く、物品が現存していない場合も数多くみられる。 河童の残す物品は刀と皿・壺・徳利といった陶器が多く、前者は妖怪退治にまつわる品として他の妖怪であっても事例が多い。後者は、河童と「皿」および「水を入れる容器」との連想を感じさせる。 河童の身体の一部が遺される伝承は九州北部に集中しており、かつては河童の身体は安産等の呪具として機能していた可能性が考えられる。 いずれの伝承においても、河童の遺物を伝える家筋があり、それらの家筋は水界の妖魔を統べる呪術/技術を持ち伝える家筋だったのではないかとの推測ができうる。 こうした「妖怪遺物」の研究は、地域における妖怪伝承のありように新しい視角をもたらすことが可能であると思われる。
  • 「ラノベらしさ」と「世界」と「趣向」――ジャンル小説として読むライトノベル――, ライトノベル・スタディーズ, 34, 47, 2013年10月19日, 青弓社, 現在、商業メディアにおいて小説・映像・マンガ作品等にメディアミックスされて大量に消費されているエンターテインメント小説である「ライトノベル」について、ライトノベルが類型化されたキャラクターやシチュエーションの組合せから創作されている(データベース消費)ことを根拠として、「自然主義文学に対抗する文学傾向」「ポストモダンの新しい思想の形態」とする言説がある。 本稿では、口承文芸研究の話型論の視座から、大衆娯楽作品や口承文芸はむしろ本来そのような「大衆になじみの舞台設定と登場人物(世界)」に「新奇な工夫(趣向)」を組み合わせることで成り立っていることを、近世の歌舞伎狂言や口頭芸である講談、講談本の流れをくむ館川文庫等を比較することによって指摘。 「データベース的消費」とは自然主義文学が敵視した戯作、ひいては大衆娯楽文芸に置いては当たり前の手法にすぎなかったのではないかとの見通しを述べた。
  • 都市伝説が「コンテンツ」になるまで――「都市伝説」の一九八八~二〇一二――, 口承文芸研究, 36号, 90, 102, 2013年03月31日, 日本口承文芸学会, 1980年代に民俗学の刷新運動として、日本の民俗学界に紹介された「都市伝説」が、エンターテインメントとして消費裂けることにより、現在、マスメディアやインターネットメディアを通じて増殖している「都市伝説」が、従来の「本当にあったとされる真偽出所不明の口伝えの説話」ではなく、社会の裏側でめぐらされている計略がすべてを決定しているという「陰謀論」となってしまったことを整理し、都市伝説研究の本来の意義を確認した。
  • 都市伝説化する「想像力」─「大きな物語の喪失」と陰謀論的想像力, 比較日本文化研究, 15号, 53, 63, 2012年09月30日, 風響社, 現在、マスメディアやインターネットメディアを通じて増殖している「都市伝説」が、従来の「本当にあったとされる真偽出所不明の口伝えの説話」ではなく、社会の裏側でめぐらされている計略がすべてを決定しているという「陰謀論」となっていることを指摘。その背景に、複雑化する社会の不安があることを論じた。
  • ガール・ミーツ・ガールの昔話――「昔話の語り手」の一九〇〇年・変奏――, SUB&MINOR, vol.3, 2012年08月01日, メディアコンテンツ研究会, 継子話の一種とされる昔話「お星お月」が、特に大正~昭和初期に幼少時代を過ごした女性の語り手に濃密に、かつ思い入れを持って伝承されていることの理由を、川村邦光が指摘する、大正期から昭和初期に少女雑誌等のメディアで流行した「乙女文化」と関係することを論じた。
  • 「妖怪の正体」をめぐる論争, 最新日本古代史の論争51, 184, 193, 2012年06月30日, 新人物往来社, 現代のメディアで通行するものいいに、天狗や河童のような「妖怪」の正体を異民族や被差別民だとする歴史ロマン的な妖怪観が蔓延していることを指摘。妖怪は文化の中の様々な要因が複雑に影響しあって成立したイメージであり。歴史ロマン的な妖怪観は、そうした歴史性や文化の重層性を消し去り、陰謀論的な単純な論理で思考を停止させかねないことに警鐘を鳴らした。
  • 怪談と口承文芸, 口承文芸研究, 35号, 147, 157, 2012年03月31日, 日本口承文芸学会, 口承文芸研究がこれまで「怪談」を対象化できてこなかったことを、『遠野物語』と現代の「実話怪談」の比較を通じて論じ、そこからハナシとカタリは対立する相いれない話法では決してなく、緩やかに連続しうる談話の様態であることを指摘した。
  • 俺の妖怪がこんなに可愛いわけがない:妖怪の女体化にみる〈異形〉の部位, SUB&MINOR, vol.2, 42, 52, 2011年08月14日, メディアコンテンツ研究会, 現代のポピュラーカルチャーにおいて、妖怪を擬人化・女体化して表すパロディの一様式があることを指摘。そうしたパロディを通じて、「妖怪」と「人間」の表現の違いについて論じた。
  • 四谷怪談:日本の怪談のルーツを探る, やっぱり宮部みゆきの怪談が大好き!(別冊歴史読本53), 208, 213, 2011年08月14日, 新人物往来社, 日本四代怪談の一つとされ、現代もその上演の祟りの伝承が根強く残る「東海道四谷怪談」について、歌舞伎芝居と実説との関係について整理し、伝承の根強さの淵源を、東海道四谷怪談が江戸期の実話を多く取り入れて構成されていることに求めた。
  • 〈話型〉の認識と説話の分類――「燈台鬼」説話と都市伝説「だるま男」の比較から――, 説話・伝承学, 19号, 110, 127, 2011年03月15日, 説話・伝承学会, 中世の説話である「燈台鬼」説話が、現代の都市伝説「だるま男」の「元ネタ」として紹介されている現代の言説をもととして、物語同士の類似を生じさせる「話型」「構造」「モティーフ」のありようと、話型研究の可能性について論じた。
  • 口承文芸の録音とその文字化―声は誰のものか―, 人文科学と画像資料研究, 6号, 159, 166, 2011年02月28日, 國學院大學研究開発推進機構学術資料館, 現在の著作権法においては口承文芸資料の著作権が一義的に話者にのみ存在していることを問題とし、語りの共著者・編集者としての聴き手の存在に対して注意を払う必要を論じた。
  • 鎌鼬存疑―「カマイタチ現象」真空説の受容と展開―, 妖怪文化の伝統と創造―絵巻・草紙からマンガ・ラノベまで―, 514, 533, 2010年09月01日, せりか書房, 手足に知らないうちに裂傷を負っているのは、カマイタチという妖怪の仕業だという「カマイタチ」伝承が、中部日本を中心として存在するが、このカマイタチ現象には、旋風により空気中に発生した真空が人間の皮膚を破裂させるために起きる傷であるという、疑似科学的な説明の言説がある。この説の創成と展開、普及の有り様を述べ、科学的な説明を装う俗信的知識のありようという現代の伝承について論じた。
  • 妖怪マンガは世につれ、世は妖怪マンガにつれ―妖怪マンガの変遷とその時代―, 子どもの文化, 2010年6月号, 11, 19, 2010年06月01日, 子どもの文化研究所, 「妖怪マンガ」を、妖怪が物語の主人公やその仲間として活躍するキャラクターマンガ、と定義し、そうした妖怪マンガの成立には民俗学の妖怪研究、特に柳田國男『妖怪談義』が大きく影響を与えていることを述べた。また妖怪マンガにおける妖怪の描かれ方が敵役から異人、仲間、親友と移り変わっていることに、現代の妖怪観・霊魂観の変遷を見ることができると指摘した。
  • 〈口承〉の中の妖怪, 妖怪学の基礎知識(角川選書), 239, 256, 2010年04月25日, 角川書店, 口承文芸分野における妖怪の伝承のありようについて、分かりやすく講じた。
  • 郷土史家の声、民俗学者の耳―「不適格な話者」としての郷土史家―, 郷土史と近代日本, 293, 312, 2010年03月01日, 角川学芸出版, アカデミズム化された民俗学のフィールドワークにおいて「郷土史家」は避けるべき対象と規定されている。民俗学界におけるそうした心意が、柳田國男の郷土史家論が戦後郷土史家否定論に読みかえられていったと整理した。郷土史家は現在のフィールドにおいて実践する民俗の担い手であり、郷土史家の活動までもを視野に入れるフィールドの把握が民俗学の再生につながると論じた。
  • 「演じる戦争・観る聴く戦争」とは何だったのか―例会シンポジウムの試みから―, 口承文芸研究, 33号, 91, 95, 2010年03月01日, 日本口承文芸学会, 日本口承文芸学会例会シンポジウム「演じる戦争・観る聴く戦争―口承文芸から戦争を考える―」の企画者・司会として口承文芸からの戦争研究の可能性を論じた。「戦争のある日常」をいかに生きたかを、声・語りの問題と関わらせて考え、発信することは、次に来るかもしれない戦争への危機に対して、敏感な身体を保つ準備ともなることを指摘した。
  • 〈話型〉で読む『崖の上のポニョ』―民俗学の蓄積を活かす試みとして―, 比較日本文化研究, 13号, 52, 64, 2009年12月01日, 比較日本文化研究会, 民俗学の方法論を映画の分析に活用しうる可能性の一つとして、昔話の〈話型〉分析の映画作品への応用を試みた。2008年の国民的ヒット作、スタジオジブリ『崖の上のポニョ』が、アンデルセン「人魚姫」と、琉球弧の民間説話「ヨナタマ」と、話型を共有すると指摘。〈話型〉による分析は、物語を作者の人格に寄り添った読みから解体し、広く文化の中に位置づけていく可能性を持つことを示唆した。
  • 妖怪になった辺境の民をめぐる論点―天狗・河童・鬼・土蜘蛛の正体とは?―, 歴史読本, 2009年8月号, 72, 77, 2009年06月01日, 新人物往来社, 現代のメディアで通行するものいいに、天狗や河童のような「妖怪」の正体を異民族や被差別民だとする歴史ロマン的な妖怪観が蔓延していることを指摘。妖怪は文化の中の様々な要因が複雑に影響しあって成立したイメージであり。歴史ロマン的な妖怪観は、そうした歴史性や文化の重層性を消し去り、陰謀論的な単純な論理で思考を停止させかねないことに警鐘を鳴らした。
  • ラノベキャラは多重作品世界の夢を見るか;メディアミックス, ライトノベル研究序説, 18, 32, 2009年04月01日, 青弓社, 川崎拓人, 青少年層に人気のジャンル小説である「ライトノベル」の特徴は、同一の作品が小説=活字媒体のみならず、テレビアニメ・ゲーム・まんが・ラジオドラマ・携帯コンテンツ等で同一性を保ちつつも多重的に作品展開する点にある状況を指摘。そうしたメディアミックス状況を歴史的に整理し、そうした状況がライトノベルのみならず、現在のわれわれをとりまく文化的状況であることを指摘した。
  • 美しい地球の〈秘境〉―〈オカルト〉の揺籃としての一九六〇年代〈秘境〉ブーム―, オカルトの惑星:1980年代、もう一つの世界地図, 19, 39, 2009年02月01日, 青弓社, 一九七〇年代の「オカルトブーム」は、一九六〇年代の「秘境」探検記事ブームを下地として成立している事を指摘、「秘境」のブームは近代文明批判のムーブメントを内包しており、「秘境の自然人の伝える霊的な真実」という霊魂観が現在のスピリチュアル・ブームにまで受継がれていることを論じた。
  • 遍歴する医師・内田邦彦―『津軽口碑集』・内田家資料・「医者の民俗学」―, 口承文芸研究, 31号, 135, 138, 2008年03月01日, 日本口承文芸学会, 『南総の俚俗』『津軽口碑集』を著し、初期の民俗学研究者として知られる内田邦彦の活動を、内田の正業である医業との関わりから分析した。『南総の俚俗』『津軽口碑集』と内田の遺した調査資料には、話者個人の生活歴へのまなざしがある。これは大正期~昭和初年当時の民俗学研究者たちは持ちえていない視点であった。内田はこの視点を、医学者としての訓練から受継いだのではないかということ、地方で医業に携わる人にはしばしば趣味的に民俗学を嗜む人が見られるのは、聞き書きといういとなみがが問診という医師の日常のいとなみと親和性を持つからであり、医者が「郷土」や「人間」を研究する道具立てとして「民俗学」に期待が寄せられていたことを示した。そしてこの問いは、民俗学には何ができるか、何が求められていたのかという、民俗学の可能性を模索する問いともなりうることを指摘した
  • 都市伝説は陰謀する―二〇〇〇年代後半の「都市伝説」ブーム・走り書き―, 口承文芸研究, 31号, 172, 175, 2008年03月01日, 日本口承文芸学会, 本稿は、『口承文芸研究』の特集「口承文芸からの現代批評」として、日本口承文芸学会からの依頼により執筆したものである。 〈噂〉の流行にブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』(1989)の邦訳が名称を与えた1990年代のブームの後、バブル経済の崩壊とともに逼塞していた「都市伝説」は、2000年代半ばから再び脚光を浴びはじめた。 しかし現在の都市伝説には、前回のブームにあった「友人の友人に起こったとされて広まる、現代の自然発生的な怪談・奇談」という含意は失われており、変わって強い「陰謀史観」に貫かれている。 この変容の原因として、、陰謀論的まなざしに無制限の資料と参照枠とを与えるインターネットが強く影響を与えていること、インターネットでは情報がすべて等価値の「ネタ」として消費され、どれを〈現実〉として受け止めるかは情報の論理的妥当性ではなく、受け手の「好き・嫌い」に多く寄りかかることを指摘した。
  • 現地の〈声〉と研究倫理, 日本民俗学, 253号, 75, 83, 2008年02月01日, 日本民俗学会, 本稿は『日本民俗学』253号「特集:研究倫理」の一環として日本民俗学会の依頼により執筆したものである。 かつて研究倫理の主問題とされていたのはいわゆる「調査地被害」と、地域からの借用という名の史資料収奪であった。現在はそこにもう一つの研究倫理上の問題が惹起している。それは「現地の声の封じ込め」である。 これは「研究者は他者を語る権利を持ちうるのか」という問いかけに他ならず、話者と研究者の間に働く、採訪の場における権力性の自覚こそが、研究倫理の今日的な問題であることを指摘し、複数の〈解釈〉を尊重し、その一つ一つを〈現地〉の〈声〉として受け止めることが、民俗学を現在学、経世済民の学問として活かしうる道とも成りうるという展望を示した。
  • 「伝説」―折口信夫の〈口承文芸〉分野における術語選択―, 折口信夫の術語形成と理論, Ⅱ, 137, 161, 2007年12月01日, 折口信夫術語研究会, 本稿では、折口信夫の口承文芸分野における術語の選択とその成立過程を、折口信夫全集よりの悉皆調査によって跡付けた。 折口は「伝説」の語を、他の「民譚」「昔話」「童話」「昔語り」「お伽話(噺)」「民間説話」「言ひ伝へ」「口碑」「世間話(咄)」と比較した場合抜きん出て多く使用しており、「伝説」もまた所謂「折口語彙」であることがわかる。 折口語彙としての「伝説」は、信仰がそのまま生活であった時代が過ぎてその名残が伝わったものであり、また語部の管理していた「物語」や「神話」が、その厳粛な管理より漏れ落ちて民衆に記憶されたものである。折口は伝説が虚構と思われて「昔話」となり、その昔話が娯楽化されて「童話」となるという言語伝承のヒエラルキーを提示しており、その「伝説」は、柳田の口承文芸研究でいうところの〈カタリ〉にほぼ対応することを明らかとした。
  • 山中共古(著)『甲斐の落葉』を読む―〈土俗学〉のゆくえ―, 昔話伝説研究, 27号, 44, 54, 2007年05月01日, 昔話伝説研究会, 本稿は昔話伝説研究会の特集「爐邊叢書を読む」の一環として執筆されたものである。 爐邊叢書中の特異な一冊である『甲斐の落葉』を、著者山中共古の学問形成にひきつけてその意義を論じた。 同書の特徴は、元幕臣であり、江戸の教養の最良の部分を引き継いだ好事家である著者が見聞したさまざまな事象・事物を未整理・未分化のまま記述している点にあり、それは同書の刊行に奔走した柳田國男が目指した「内省の学」と重なっている。 しかしものごとを未分化のままに記述するという好事家的な方法は継承されることなく失速していった。それは、戦後の日本民俗学が伝承性や類型性を重視し、資料の「客観性」と「再現可能性」を保証しようとする「科学的」方法を敷衍させていったこととも関連する。 「主観的」で「再現不可能」な資料を用いて説得的・科学的な民俗学を確立する可能性は、いまだ残された課題であることを示した。
  • 声の〈向こう側〉から昔話を分類する―武藤鉄城「羽後角館地方昔話集」の方法―, 口承文芸研究, 30号, 158, 165, 2007年03月01日, 日本口承文芸学会, 本稿は日本口承文芸学会三十周年の特集「〈声〉の採集者列伝」の一環として同学会から依頼され、執筆した。 武藤鉄城(1896―1956)は秋田県において、主に戦前期に活躍したアマチュアの民俗学者/考古学者であり、特に『旅と伝説』誌上に発表した「羽後角館地方昔話集」(一)(二)で名高い。鉄城は同報告において昔話の分類法の私案を提出している。 本稿では、鉄城の昔話分類の特色とその失敗から、昔話研究の可能性について論じた。鉄城は民間説話を、民俗事象から独立えない言語芸術としてとらえており、その分類も昔話と俗信や民間暦と関わらせるものであった。 鉄城の昔話分類は、「話型分類」からは見落とされがちな、生活の文脈における昔話の動態を把握し得る、在地のまなざしからの昔話分類にもなりえたはずであり、また後年の語り手論や聴き手論、昔話の動態的分析へと通じる経路をも取り得たはずであったと結論した。
  • 毛玉たちの沈黙、あるいはケサランパサランの独白, 妖怪は繁殖する[ナイトメア叢書③], 174, 186, 2006年12月01日, 青弓社, 本稿では「ケサランパサラン」(あるいはテンサラバサラ)と呼ばれる、幸運を呼ぶ白い毛玉とされる妖怪的/呪物的存在を事例として、「ある現象がいかなる意味付けをもって妖怪現象として発見され、流通しうるのか」を考察し、ケサランパサランの発見とは、メディア等を通じて先行した知識に見合う実体を探し出す営みであることを示した。  妖怪現象は、不可思議な現象の説明/回収装置として妖怪・怪異の知識・名称を「創り出す」だけではなく、妖怪・怪異の知識・名称が事前に存在し、それに見合う現象/実体を「発見する」ように働く場合があることを指摘。特に雑誌やマンガといった視覚メディアにおける表象と言説とが、伝承のありようを大きく替えていくことを資料をもって明らかとした。
  • 「怪談」と語りの近代, 幻想文学、近代の魔界へ, [ナイトメア叢書②], 96, 108, 2006年05月01日, 青弓社, 高木史人, 本稿は、近代における「怪談」と「語り」の諸相をテーマとして、高木史人との往復書簡の形をとって書かれた共著論文である。 怪談と笑話を「派生昔話」に位置づけた柳田國男の口承文芸研究からは、同時期にいまひとつのカテゴリである猥談、色話が消去されていたことを指摘、昔話が差別・性・残酷と切り離せないものであり、その意味で柳田以降の口承文芸研究はすぐれて近代的ないとなみであると論じた。 現在民俗学において怪異研究が復興している背景には、そうした派生昔話の領域のうちにも怪異譚>笑話>色話という、研究対象に対する細かなヒエラルキーが機能していることを指摘すると同時に、「怪異・妖怪」への興味には「研究」との近さがあることを明らかとした。
  • 「名付け」と「知識」の妖怪現象―ケサランパサランあるいはテンサラバサラの一九七〇年代―, 口承文芸研究, 29号, 124, 137, 2006年03月01日, 日本口承文芸学会, 本稿では「ケサランパサラン」(あるいはテンサラバサラ)と呼ばれる、幸運を呼ぶ白い毛玉とされる妖怪的/呪物的存在を事例として、「ある現象がいかなる意味付けをもって妖怪現象として発見され、流通しうるのか」を考察し、ケサランパサランの発見とは、メディア等を通じて先行した知識に見合う実体を探し出す営みであることを示した。 妖怪現象は、不可思議な現象の説明/回収装置として妖怪・怪異の知識・名称を「創り出す」だけではなく、妖怪・怪異の知識・名称が事前に存在し、それに見合う現象/実体を「発見する」ように働く場合があることを指摘。「名付け」が持つ、「ことばが実体を規定し、創りあげる」はたらきも、「いま・ここ」の口承文芸あるいは〈口承〉を考えるとき、避けては通りえない課題となることを明らかにした。
  • 〈世間話〉研究史を読む/読みなおす―野村純一・著『江戸東京の噂話』をてがかりに―, 世間話研究, 15号, 93, 111, 2005年10月01日, 世間話研究会, 本稿では、野村純一著『日本の世間話』『江戸東京の噂話』と、野村純一の世間話に関連する論文をとりあげ、日本口承文芸研究における世間話研究の展開を整理し、世間話研究がとるべき方向性を提言した。  野村純一の世間話研究は、野村が「話核」もしくは「モチーフ」と呼ぶ、世間話の中核を成す部分の変遷を近世期・明治期の資料を溯って跡づけていく、話型研究の到達点といえる。 しかしハナシの場から、伝承性や類型性によって「世間話」を切り出して分析するのみでは、世間話において好まれる発想の型、もしくは型の通時的・共時的な借用を指摘するにすぎず、世間話の着想の発生には迫り難いと指摘。 世間話の話される場、世間話を話す語り手と聴き手の関係性に目を向けた野村敬子の仕事を引き、世間話研究に今求められているのは、話型研究と同時に世間話の話される場のありようの分析であると結論した。
  • 恵方を向いてまるかぶれ―二〇〇五年関東地方の「節分の巻寿司」広告資料―, 都市民俗研究, 11号, 41, 59, 2005年10月01日, 都市民俗研究会, 近年、コンビニエンスストア等の商業ベースの宣伝によって、「節分の夜、包丁を入れない巻寿司を、恵方を向いて無言のまま一本食べきれば、その年の福を招く」という行事が日本を席巻している。 本稿ではこの行事を「節分の巻寿司行事」と呼び、民俗事象の二次的利用(フォークロリズム)の一事例とらえて、コンビニ・スーパー・回転寿司・テイクアウト寿司店の広告資料の分析から、企業や消費者がこの行事にいかなるイメージと期待とを抱いているかを明らかとした。 節分の巻寿司行事は鬼の面や福豆といったイラストが節分らしさを担保しており、行事の説明文では「伝統」と「招福」が強調され、その意味は陰陽道を用いて説明されている。同行事のようなコマーシャリズムが大量に発信する民俗の二次的利用に対し、消費者(受け取り手)は多様な戦略を持って対面しており、都市における民俗の一つの様相として位置づける必要があることを指摘した。
  • 愚か村の「伝説」―笑話というものいい、愚か村という現場―, 国文学 解釈と鑑賞, H17年10月号, 152, 158, 2005年09月01日, 至文堂, 本稿は「特集 創られる伝説―歴史意識と説話―」の一環として執筆された。笑話である愚か村話が「伝説」としても機能し、信仰的側面に偏って展開してきた伝説研究新たな視角を提供しうることを明らかとした。 愚か村話である佐治谷話や増間話を例に挙げ、愚か村話は「ある特定の「土地」や「集団」を外部から解説し、規定するものいい」と「そのものいいに対する内部からの反解釈の拮抗」をまとった昔話であることを指摘。「伝説」を近代に形成される支配的・権力的なものいいとしてとらえたとき、愚か村話もまた「伝説」として考えうることを指摘し、「伝説」の要件は、前代からの伝えが「信じられている」ことではなく、自らの信じるものいいをめぐらせ、他者のものいいと交錯させることのできる「現場」であることを示した。
  • 【特集『譚海』】巻十一・十二 叔父中西邦義の物語」, 昔話伝説研究, 25号, 23, 29, 2005年06月01日, 昔話伝説研究会, 昔話伝説研究会で行われた近世文献研究の一環として、『譚海』巻の十一・十二の輪読を担当した。 巻十一は末尾に「此一書は叔父中西邦義の物語を書記すもの也。」との一文が付き、この一巻のみ津村淙庵の叔父・中西邦義なる人物からの聞き書きであったことがわかる。 巻十一の収録話の微細な分析と、巻十二の半ばにして叔父が逝去した後、淙庵が叔父の一年前に没した実母から「聞置たる事」を思い出して補巻としていることなどから、聴き手としての淙庵は、聞き書き、すなわち「フィールドワーク」の中で自らの問題意識を発展させていることを指摘し、それは菅江真澄とは違う意味で「プレ=民俗学史」として位置づけるに適したものともなっていることを明らかとした。
  • 採訪の技術史―國學院大學学生研究会 口承文芸採訪の五〇年―, 学生研究会による昔話研究の五〇年―フィールドワークの記憶と記録―, 5, 46, 2005年03月01日, 國學院大學説話研究会OB有志・國學院大學民俗文学研究会OB有志, 戦後日本において昔話資料が大量に蓄積された背景には、高校・大学の学生研究会によってなされた昔話の集団採訪があった。 日本の口承文芸研究史において学生研究会の果たした意義は大きい。しかしそのフィールドワークがどのような方法で、何を目的として行われていたかについては目が向けられたことはなかった。 本稿では國學院大學の二つの学生による口承文芸研究会である「説話研究会」と「民俗文学研究会」の、五〇年間のフィールドワークの変遷を、当時の指導教員・学生・関係者からの聞き取りと、刊行された資料集、遺された内部文書から定位し、戦後日本の口承文芸研究史の一部を明らかとした。 昔話の採訪は録音技術の推移に大きく影響を受け、録音技術の進展が聴き手である研究者に新たな昔話研究の視角をももたらしている。研究史とは単に学説史にとどまるものではなく、研究という営みに対する反省と、現在の研究を相対化し、その問題点を超克する契機ともなりうることを明らかとした。

Misc

  • 渋谷、都市伝説に浸る街, 飯倉 義之, 渋谷を科学する(ブックレット渋谷学 1), 170, 175, 2019年02月28日, 國學院大學研究開発推進センター
  • [書評]清水勲・猪俣紀子著『日本の漫画300年 「鳥羽絵」本からコミック本まで』, 飯倉 義之, 週刊読書人, 3279号, 6, 6, 2019年03月01日, 読書人
  • 「語られ/騙られ」る怪異と向き合うために, 飯倉義之, 清水潤『鏡花と妖怪』, 65, 66, 2018年03月13日, 青弓社
  • [紹介]大道晴香著『「イタコ」の誕生 マスメディアと宗教文化』, 『國學院雑誌』, 第119巻5号, 2018年05月15日, 國學院大學, 大道晴香著『「イタコ」の誕生 マスメディアと宗教文化』について書評した。
  • 書評 マイケル・デュラン・フォスター著『日本妖怪考―百鬼夜行から水木しげるまで』, 神奈川大学評論, 89号, 139, 2018年03月31日, 神奈川大学, マイケル・デュラン・フォスター著『日本妖怪考―百鬼夜行から水木しげるまで』(廣田龍平訳・森話社・2017)について、その学問的意義を書評した。
  • 新刊紹介 『落ち穂拾い』no.12 終刊号, 『口承文芸研究』, 41, 167, 2018年03月31日, 日本口承文芸学会, 青森県で長年口承文芸研究をリードされた佐々木達司氏の個人発行研究雑誌『落ち穂拾い』no.12(終刊号)について、その意義を紹介させていただいた。佐々木先生の業績に敬意を払うことができたと思う。
  • 鬼と授業とヘイトスピーチ――「昔話『桃太郎』批判」批判――, 『子どもの文化』, 50巻2号, 2, 7, 2018年02月01日, 子どもの文化研究所, 「桃太郎に退治された鬼の子どもの立場から桃太郎を考え直す」という中学校における道徳の授業実践について、日本の民俗文化・民間信仰における「鬼」のありようから再考し、災擬人化された災厄であるはずの「鬼」を、実体を持つ他者にあてはめて語ることの危うさを述べた。
  • 「書評 アダム・カバット著『江戸化物の研究』 著者渾身の化物論」, 週刊読書人, 3191, 6, 2017年05月26日, 株式会社読書人, アダム・カバット著『江戸化物の研究』について、その特質を取り上げて書評した。
  • 戦う文豪、闘う偉人:「異能バトル」作品からみる現在, 山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く:「好き」を学問にする方法』, 33, 34, 2017年04月20日, ミネルヴァ書房, 2016年現在のマンガ・アニメで「教科書レベルの文豪・偉人」が多く取り上げられている状況について考察した。
  • 科学する目と怪異・妖怪――「熊楠と熊野の妖怪」――, 熊楠WORKS, NO.49, 14, 15, 2017年04月01日, 南方熊楠顕彰会, 2016年夏に南方熊楠顕彰館で開催した企画展示「熊楠と熊野の妖怪」の関連企画として、第35回『熊楠をもっと知ろう!!』シリーズにおいて、シンポジウム「熊楠と熊野の妖怪」を開催した。本稿は、同シンポジウムでの講演を文字化したものである。南方熊楠の、怪異・妖怪の伝承を科学の知識を基に考察する姿勢について、一般の聴講者にもわかりやすく説明した。
  • 大賞候補作品ブックレビュー 『リーングラードの学び舎より』, ライトノベル・フロントライン, 3, 32, 2016年12月31日, 青弓社, 第二回ライトノベル・フロントライン大賞の候補となった、いえこけい著『リーングラードの学び舎より』の内容を紹介した。
  • シャルル・フレジェ著『YOKAI NO SHIMA』 生活と芸術と学問が共振する美の可能性, 図書新聞, 3279号, 5, 5, 2016年11月19日, 図書新聞社, シャルル・フレジェの写真集『YOKAI NO SHIMA』について、民俗学の観点からその価値について書評を行った。
  • [紹介]野村敬子・霧林宏道編著『間中一代さんの栃木語り』, 國學院雑誌, 117-9, 64, 67, 2016年09月15日, 國學院大學, 野村敬子・霧林宏道編著『間中一代さんの栃木語り』(瑞木書房、2015)について、現代における語り活動の意義を踏まえて、書評を行った。
  • 推薦作品ブックレビュー『のうりん』, ライトノベル・フロントライン, 2, 2016年05月16日, 青弓社
  • 書評 相田洋著『中国妖怪・鬼神図譜―清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む庶民の信仰と俗習―』, 週刊読書人, 3133, 8, 8, 2016年03月25日, 読書人, 相田洋著『中国妖怪・鬼神図譜―清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む庶民の信仰と俗習―』の内容と隣接諸科学に対しての意義をわかりやすく書評した。
  • 推薦序 日本の怪奇へのまなざし, 日本怪談文學, 4, 10, 2016年03月01日, 寂天文化事業股份有限公司, 小泉八雲と田中貢太郎の怪談文学を台湾のことばに翻訳した同書の序文/解説として、両作家の怪談文学の日本での位置付けと、その文学的意義をわかりやすく述べた。
  • 【書評】原田実『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』, 日本文学, 64巻4号, 78, 79, 2015年04月10日, 日本文学協会, 原田実『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』2014の書評。 社会道徳の実践としてNPO法人の主導で社会で広められ、小学校の道徳教育にも導入されようとしている「江戸しぐさ」が、1980年代に創作された「偽史」であるとの同書の論点を整理して紹介し、そのような「偽史」や「ニセ科学」が教育において取り上げられやすい背景と、そうした陰謀論的言説が広まりやすい現代社会の特性について補足した。
  • 【書誌紹介】国立歴史民俗博物館・常光徹編『河童とはなにか』, 日本民俗学, 280号, 104, 2014年11月30日, 日本民俗学会, 国立歴史民俗博物館の歴博フォーラム「シンポジウム 河童とはなにか」をまとめた研究書『河童とはなにか』について、同シンポジウム司会の立場から書評・紹介した。
  • 【新刊紹介】『越境する異界』大野寿子編 勉誠出版刊, 口承文芸研究, 37号, 197, 197, 2014年03月31日, 日本口承文芸学会, 日本・中国・ヨーロッパの「異界」表現についての共同研究論集である表題論文集の意義を、口承文芸の観点から紹介した。
  • 【書評】回顧でも展望でもなく――二〇一二年/没後五〇年の、二つの「柳田國男特集」書評――, 比較日本文化研究, 16号, 173, 178, 2013年12月25日, 比較日本文化研究会, 柳田國男没後50年を機会として編まれた二つの柳田國男特集、雑誌「現代思想」十月臨時増刊号の「総特集 柳田國男―『遠野物語』以前/以後―」(青土社、二〇一二年九月)、いまひとつは雑誌「日本民俗学」二七〇号の「特集 柳田没後五十年と口承文芸―生前・没後の研究状況―」(日本民俗学会、二〇一二年五月)について、その構成や論点を整理した。 前者が明治~大正期の柳田の活動に注目し、学問に新たな視角を取り入れたことを評価するのに対し、後者は柳田の研究がその後の学問にいかに受け継がれ、もしくは受け継がれていないのかに注目して論じている点を指摘。 しかし両者ともに、単純に柳田國男の称揚や批判をするのではなく、柳田の活動や議論をいかに現在の民俗学に応用し新たな学問を生み出すかを志向している点では共通している。 ここには、「学説史」に閉塞しない「学問史」の意義が見いだせるのではないかということを結論においた。
  • 最新・妖怪ブックガイド“保存版”, 怪, vol.0040, 208, 242, 2013年11月30日, 角川書店, 香川雅信、『怪』編集部員, 2000年以降の妖怪研究書・企画展図録・創作作品について29点を書評・紹介した。
  • 総観・妖怪漫画&小説の2000~2013, 怪, vol.0040, 243, 245, 2013年11月30日, 角川書店, 2000年以降、妖怪ブームと言われる中で発表された、妖怪を主題とする娯楽作品(小説・マンガ)について概説し、現代における妖怪観について解説した。
  • 解題―つながりの昔話研究―, 野村純一著作集9 口承文芸研究のネットワーク, 419, 431, 2013年04月30日, 清文堂出版, 『野村純一著作集9 口承文芸研究のネットワーク』に収録された、野村純一博士の論文について、博士の口承文芸研究へのまなざしと、学問的な人間関係を中心に解題した。
  • 【書評】畑中章宏『災害と妖怪 柳田国男と歩く日本の天変地異』, 週刊読書人, 2012年9月21日, 2012年09月21日, 読書人, 畑中章宏『災害と妖怪 柳田国男と歩く日本の天変地異』を、著者の伝承を現実の反映であり、土地の記憶であるとする姿勢への賛同を中心に紹介・書評した。
  • 【書評】かたちの文化会編『にほんのかたちをよむ事典』, 週刊読書人, 2012年2月3日, 2012年02月03日, 読書人, かたちの文化会編『にほんのかたちをよむ事典』を、「かたち」から文化を描写・分析するという同会の方法の独自性を中心に紹介・書評した。
  • フォーラム 〈未来に向かうための学問史〉への試み―『世間話関連文献目録集成:〈口承〉研究へのとびら』―, 日本民俗学, 263号, 198, 204, 2010年08月01日, 日本民俗学会, 2009年8月に刊行した、口承文芸研究における世間話を主題とする論文・報告を軸とした研究文献・資料目録『世間話関連文献目録集成』の紹介を通じて、〈口承〉研究の議論の展開や軌跡が民俗学界で共有されていないことを指摘。民俗学における学問史・学知の不在が、学問の知識と方法論の共有を妨げ、発展を阻害していることを指摘した。
  • 妖怪ブックガイド, 妖怪学の基礎知識(角川選書), 257, 272, 2010年04月25日, 角川書店, 民俗学における妖怪研究の歴史と主要な論文を列挙し、解題・解説を付した。
  • 【書評】三浦佑之『日本霊異記の世界』, 週刊読書人, 2010年3月26日, 2010年03月26日, 読書人, 三浦佑之『日本霊異記の世界』を、著者の古代人の「現在」を捉えようとする手法への賛同を中心に紹介、書評した。
  • 妖怪たちは加速する―怪異・妖怪研究文献紹介 二〇〇七~二〇〇九―, 口承文芸研究, 33号, 161, 168, 2010年03月01日, 日本口承文芸学会, 二〇〇〇年前後からメディアでは、怪異・妖怪を主題とする研究や、それらを題材にしたマンガ、ゲーム、イベント、アニメ、映画などの創造物が生産され続けている。そうした怪異・妖怪への関心の背景には、人文科学における怪異・妖怪研究が屋台骨となって、読者・視聴者の知的好奇心を支え続けていることを指摘。そうした怪異・妖怪研究の現状を整理した。
  • 【書評】「他流試合」のための覚書:小松和彦還暦記念論集刊行会(編)『日本文化の人類学/異文化の民俗学』, 大阪大学日本学報, 28号, 173, 179, 2009年03月01日, 大阪大学大学院文学研究科日本学研究室, 小松和彦還暦記念論集刊行会(編)『日本文化の人類学/異文化の民俗学』の書評論文。同書の構成と所収論文を通じて、本来広く社会に刺戟を与えるべきであるはずの学問の営為が、現在専門社会のうちでのみ通じる言葉ばかりを紡ぎ、他の作法との対決を避ける姿勢をとり続けていることを指摘。学問を専門に閉じこめないための「他流試合」の実践としての学説史・学問史の重要さを指摘した。
  • カタらない語りの可能性, 太陽と月の詩―語り手たちの会会報―, 166号, 2005年12月01日, 語り手たちの会, ストーリーテリングの実践者の会である語り手たちの会の会員に向け、話型に寄りかかる昔話の語り以外に、話型を持たない自由な発話である世間話の語りもありうることを、分かりやすく述べた。
  • 歴史のための伝説/伝説のための歴史研究文献目録, 国文学 解釈と鑑賞, H17年10月号, 216, 223, 2005年09月01日, 至文堂, 本稿は「特集 創られる伝説―歴史意識と説話―」の一環として執筆された。1990~2005年に発表された、特集に関連する文献の目録である。 歴史/伝説研究の枠組そのものへの問いかけの論文群を総論として、記憶と歴史を可視化する制度としての慰霊碑や史蹟を論じた論文群と、場所や土地に存在する感覚を名付け、意味付ける方法としての口承文芸に注目した論文群が、視角を異として響きあう。そこには、名所・地図・観光といった旅する/旅させるまなざしへの注目もまた存在する。同時にそれらを創り出す原動力としての「書かれたもの」への考察を行う論文群がこの時期に多く書かれている。 そうした説話がヒト・コト・モノを核として成長し、語るべきこと/知るべきこと、すなわち常識や美談として認識され、歴史認識を作り出す。文献目録の形をとることで、伝説と歴史意識の関係性を明示し、伝説研究の潮流を示すことに成功した。
  • 【研究報告】〈研究会史〉という試み, 日本民俗学, 243号, 2005年08月01日, 日本民俗学会, 『学生研究会による昔話研究の五〇年―フィールドワークの記憶と記録―』の刊行・編集の意図と学史的意義を報告し、学問史が学自体の再検討のいとなみであることについて報告した。
  • 【書誌紹介】佐々木高広[著]『民話の地理学』, 日本民俗学, 241号, 2005年02月01日, 日本民俗学会, 佐々木高広[著]『民話の地理学』を、著者の怪異・妖怪の伝承を、共同体が土地に対して持つイメージや歴史の集成であるとする見方に賛同しつつ、紹介・書評した。
  • 【書誌紹介】小松和彦[編]『日本妖怪学大全』, 日本民俗学, 237号, 2004年02月01日, 日本民俗学会, 小松和彦[編]『日本妖怪学大全』を、その学際的な意義を中心に、民俗学における有用性を中心として紹介・書評した。

著書等出版物

  • ニッポンの河童の正体, 飯倉義之(編著), 新人物往来社, 2010年10月16日, 今井秀和・松村薫子, 日本を代表する妖怪伝承である河童の伝承の諸相と歴史的変遷、現代におけるキャラクター化や再創造のありよう、ならびにその研究史を、一般にも分かりやすく講じた。
  • 富浦町のはなし―千葉県安房郡富浦町〈口承〉資料集―, 飯倉義之(責任編集), 國學院大學説話研究会, 2002年12月01日, 本書は、國學院大學説話研究会が1997年から1999年にかけての三年間、千葉県安房郡富浦町(現南房総市)において行った口承文芸採訪調査の資料報告書である。 同採訪調査の委員長として三年間採訪調査の企画・交渉を行い、研究会を指揮した飯倉が編集主幹となり、刊行した。 資料においては話者の語り口を活かしたまま提示し、研究者による位置づけは本書後半の解説に収録した。 従来の口承文芸資料集が昔話・伝説・世間話という文芸性を有した口承文芸に偏った報告であるのに対し、本書では富浦町の農村・漁村における近代化の影響や戦争や震災の思い出といったライフヒストリー等を「明治の話・震災の話・戦争の話」として、また生業や人生儀礼を「海の暮らし・陸の暮らし・日々の暮らし」として語り口のまま収録し、口承文芸の新たな枠組みを提示するとともに、語りによる民俗誌が可能であることを示した。
  • 上川のおんな語り―新潟県東蒲原郡上川村 加藤トヨ・石川光枝・石田トヨ昔話集―, 中村豊・飯倉義之(責任編集), 國學院大學民俗文学研究会・國學院大學説話研究会, 2003年06月01日, 中村豊, 本書は、新潟県東蒲原郡上川村(現・阿賀町)において、國學院大学民俗文學研究会が1989年から1991年にかけての三年間に行った口承文芸採訪調査の成果と、國學院大學説話研究会が2000年から2003年にかけての四年間に行った口承文芸採訪調査の成果とをまとめた資料報告書である。 民俗文學研究会の部は中村豊が、説話研究会の部は飯倉がそれぞれ編集をした。両研究会は、加藤トヨ媼・石川光枝媼・石田トヨ媼という三人のすぐれた語り手に通い、その昔話を聞き取った。本書では語り手論の立場から、十年間を経過して三者の語りがいかに推移したかを具体的な資料を提示して明らかにした。
  • 世間話関連文献目録集成―〈口承〉研究へのとびら―, 山田嚴子・飯倉義之, 世間話研究会, 2009年08月01日, 山田厳子, 雑誌「世間話研究」連載「世間話関連文献目録」(山田厳子編)を基として、世間話研究に関する論文を、口承文芸研究の分野のみならず、文学・社会学・歴史学の分野まで増補収集・分類し、口承文芸研究の基礎データとして整理した。
  • 図解雑学 日本の妖怪, 小松和彦(編), ナツメ社, 2009年08月01日, 図表を多用した平易な入門書シリーズである図解雑学シリーズにおいて、妖怪文化の入門書の企画構成・執筆を担当。項目の選定のほか、「妖怪は定義できるのか」ほか16項目の執筆を行った。妖怪文化の発展を歴史的に整理し、現代のメディア状況の中での妖怪文化についてまとめた。
  • 日本怪異妖怪大事典, 小松和彦・常光徹・香川雅信・飯倉義之, 東京堂出版, 2013年07月20日, 小松和彦ほか99名, 日本に伝承される怪異・妖怪を1300余の項目に立項し、解説と事例、詳細な出典をつけた。 事例は国際日本文化研究センターが研究公開している「怪異・妖怪伝承データベース」(民俗学関係雑誌、近世随筆、各県史類より「怪異・妖怪」現象に関する事例35000件余を集めたデータベース)に依拠している。 飯倉は編集者の一人として、資料整理・立項・執筆者選定・文章調整・校正に携わり、かつ項目の執筆も行った。 本事典の特色は、これまでの散漫に名称を挙げるのみの趣味的な妖怪事典と異なり、日本の民俗文化の中で怪異・妖怪がいかなる位置を占めてきたのかを示す学的成果として編まれていることにある。 そうした姿勢は、形式面では参考文献の提示や事例掲載箇所の明示の徹底に、内容面では個別の怪異をまとめて概念として示した項目の選定などが挙げられる。

講演・発表

  • 妖怪心理学第三話「現代と交錯する妖怪」, 飯倉 義之, 日本心理学会 第82回大会, 2018年09月27日, 日本,仙台, 高橋綾子・桐生正幸・高橋英之・吉川肇子
  • 口承文芸研究の現代的課題, 飯倉 義之, 第6回インド・日本比較文化研究セミナー, 2018年09月08日, 國學院大學,ジャワハルラル・ネルー大学,ドゥ―ン大学, インド・デヘラドゥ―ン
  • 報告「こえとことば、からだとことば――語りと身体性」 公開共同研究会「音楽する身体間の相互作用を捉える――ミュージッキングの学際的研究」, 国立民族学博物館共同研究「音楽する身体間の相互作用を捉える――ミュージッキングの学際的研究」成果公開, 2018年01月27日, 国立民族学博物館, 現代におけるオラリティ(口承性)のありようと可能性について、各分野からの報告を持ち寄り討論するシンポジウムにおいて、民俗学・口承文芸学の立場から現代の「声」と「語り」「身体性」について報告した。
  • 継子譚の民話的構造の分析, 國學院大學國文學會秋季大会 , 2016年11月18日, 國學院大學國文學會, 古典文学ともかかわりの深い昔話の一ジャンル「継子譚」について、ロシアの民俗学者・プロップの用いた構造分析的手法を用いてその構造を分析した。
  • 熊楠をもっと知ろう!シリーズ第35回 シンポジウム「熊楠と熊野の妖怪」 , 2016年08月20日, 南方熊楠顕彰館, 展示構築をした南方熊楠顕彰館企画展「熊楠と熊野の妖怪」の企画展において、まとめとなる講演会・シンポジウムを企画し、参加した。
  • トークイベント「見えない“もの”の声をきく」, 泥沼コミュニティトークイベント, 2015年08月08日, アートラボはしもと, 今回、幽霊、妖怪、怖い話をテーマに「私たち」が身を置くこの社会について、そしてこの社会で恐怖をもって語られる「かれら」との共生はいかに可能であるのか考えるための講演およびトークを一般向けに分りやすく行った。
  • 研究会記録 排除/差別を物語として考える, 現代民俗研究, 2015年03月31日, 現代民俗学会, 2014.3.29、成城大学で行われたシンポジウムでの発表の要旨をまとめた。 差別の研究は「被差別者」に寄り添う形で展開してきたが、差別を行う者、「加差別者」に向き合うことは行われてこなかったのではないかと指摘。 発表では「加差別者」が差別を正当化させている理論を「物語」であるとし、加差別者が依拠する「物語」が絶対のものではなく、世界には複数の「物語」が存在していることへの気づきを喚起することが、差別の構造の解体に有効なのではないかと提唱した。
  • 「都市語りの可能性 『東京八重山郷友連合会』『東京竹富郷友会』の伝承活動について」, 日本口承文芸学会 研究例会, 2015年03月28日, 日本口承文芸学会、東京八重山郷友連合会、東京竹富郷友会、聴き耳の会 共催, 研究例会の第二部として、根岸英之氏とともに、東京八重山郷友連合会、東京竹富郷友会、沖縄県人会の方々に座談形式で「遊び」「昔話」「祭り」「学校」「方言札」「戦争」「終戦後」「上京」「郷友会」思い出を含めた経験談を聴いた。
  • 《こえ》渋谷の語りと研究のコラボレーション-渋谷民話の会×温故学会×國學院大學語りと伝承の研究会-, 伝え, 2012年03月01日, 日本口承文芸学会, 渋谷民話の会および温故学会と共催しているイベント「渋谷の民話語りの会」のこの3年間の成果について報告した。
  • 日文研の怪異・妖怪研究 この一年とこれから, 伝え, 2011年02月01日, 日本口承文芸学会, 国際日本文化研究センターの怪異・妖怪研究の活動について、共同研究の成果報告書の刊行や、怪異・妖怪伝承データベースの増補、怪異・妖怪画像データベースの公開といった成果を報告した。
  • 研究報告 澤井真代「「もの言わぬ神」の「神口」-石垣島川平のマユンガナシ-」, 伝え, 2010年11月01日, 日本口承文芸学会, 日本口承文芸学会大会において行われた、表題の発表について報告した。
  • 教わるための共同作業-地域と大学の連携-, 伝え, 2009年09月01日, 日本口承文芸学会, 國學院大學の伝承文化専攻所属有志と、地域の民話の愛好団体である渋谷民話の会との共同開催となる「渋谷の民話を語る会」の取り組みについて報告した。
  • 「落日の口承文芸」を抱きしめて シンポジウム「口承文芸研究のこれから」, 伝え, 2006年09月01日, 日本口承文芸学会, 日本口承文芸学会大会シンポジウム「口承文芸研究のこれから」の模様を報告した。
  • 第42回研究例会報告 シンポジウム「書承から口承へ-伝承はほろびるか-」, 飯倉 義之, 伝え, 2002年04月01日, 日本口承文芸学会, 日本口承文芸学会の第42回研究例会シンポジウム「書承から口承へ-伝承はほろびるか-」の内容と討論を報告した。

その他

  • 幻解!超常ファイル「ニッポン幻の怪獣大捜査&超常現象トレンド2016」, NHKBSプレミアム, 2016年12月30日, 1970年代の未確認生物探索ブームについて、民俗学の見地からコメントした。
  • 忍法のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へ――忍法の理、妖怪の理――, 怪, vol.0050, KADOKAWA, 2017年04月31日, 56, 59, 小説やマンガで描かれる「忍法」の「科学的説明」と、怪異・妖怪現象の「科学的説明」の共通点について、読み物としてわかりやすく論じた。
  • 〈おわりに〉福を招く猫, 『猫の怪〈江戸怪談を読む〉』, 白澤社[発行]・現代書館[発売], 2017年07月20日, 215, 220, 白澤社編集部, 巻末のまとめとして、招き猫の民俗をわかりやすく解説した。
  • 空から妖怪学をみてみよう――現代妖怪学概観――, 『怪』, vol.0052, KADOKAWA, 2018年03月30日, 52, 57, 1980年代から現在までの妖怪研究の進展を、一般の読者にもわかりやすく整理した。
  • 妖怪とアニメーションのざっくり百年――敵役から家族まで――, 『怪』, vol.0051, KADOKAWA, 2017年10月12日, 68, 73, アニメーション作品で題材にされた「妖怪」の描かれ方の推移について、一般の読者にもわかりやすく解説した。
  • 〈現代ポップ文芸篇〉妖怪×人間×神様×恋愛――異類に恋する現代事情――, 『怪』, vol.49, KADOKAWA, 2016年12月08日, 70, 75, 現代の妖怪や神仏と人間の交流を題材とした小説・まんが作品において、妖怪・神仏と人間との恋愛を描く作品の増加傾向について、一般の読者にわかりやすく解説した。

競争的資金

  • 24520927, 昭和初期の民俗学・口承文芸研究と隣接諸科学との影響関係についての基礎的研究, この研究の目的は、第一に昭和初期の民俗学・口承文芸研究の黎明期に、隣接諸科学と民俗学とがどのような関係をきり結んでいたかを研究史として明らかにすることにある。第二に、第一の研究から得られた成果をもとにして、将来の民俗学・口承文芸研究の可能性を探ることにある。その結果、分かった成果の一つを紹介する。昭和初期の口承文芸、とりわけ昔話研究は方言研究と密接な関連を持って進められていたが、それともう一つ、博物学との連携が明らかになった。たとえば、結城次郎(1892-1945)は昆虫採集活動と民俗採集・昔話採集活動とを同時に行なっていた。人文学と自然科学とを同時に行なうことが研究を実り多いものにしていた。

教育活動

担当授業

  • 伝承文学演習II, 2019, 伝承文学や民俗学は、わたしたちとは関りの薄い、遠い過去の生活の中に存在するものと思われがちである。|しかし、「民俗」が人々のものの見方や感じ方、みぶりやしぐさの総体であり、「伝承文学」が個人の創意を越えた、群れの文芸意識の結晶であるとするならば、いま・ここを生きるわたしたちの生活の中にも民俗や伝承文学が見出されてしかるべきである。|この講義では、わたしたちの生きるいま・ここにおける伝承文学・民俗を発見し、考察するための調査法・研究方法を講義と演習を通して学ぶ。|前期は講義と論文の講読を中心とし、後期は実際の調査に基づく演習発表とする。|
  • 伝承文学概説I, 2019, 講義形式の授業。| 伝承文学とは、文学を伝承性の視点からとらえる場合の一つの方法である。したがって記載文芸および口承文芸にとどまらず、広範な伝承文化全体の中からとらえる必要がある。私たちの生活文化を見直し、日本の民俗文化を理解するために、まずは記載文芸としての文学作品や口承文芸としての昔話、伝説、世間話などを対象として、その背後に存在する民俗文化の特性を把握する。さらには世界的に類似した口承、記載文芸との比較を通してより広い視野から理解し学んでいく。
  • 伝承文学概説II, 2019, 講義形式の授業。| 伝承文学とは、文学を伝承性の視点からとらえる場合の一つの方法である。したがって記載文芸および口承文芸にとどまらず、広範な伝承文化全体の中から見出すことができる。私たちの生活文化を見直し、日本の民俗文化を理解するために、まずは記載文芸としての文学作品や口承文芸としての昔話、伝説、世間話などを対象として、その背後に存在する民俗文化の特性を把握する。さらには世界的に類似した口承、記載文芸との比較を通してより広い視野から理解し学んでいく。
  • 伝承文学概説I, 2019, 講義形式の授業。| 伝承文学とは、文学を伝承性の視点からとらえる場合の一つの方法である。したがって記載文芸および口承文芸にとどまらず、広範な伝承文化全体の中からとらえる必要がある。私たちの生活文化を見直し、日本の民俗文化を理解するために、まずは記載文芸としての文学作品や口承文芸としての昔話、伝説、世間話などを対象として、その背後に存在する民俗文化の特性を把握する。さらには世界的に類似した口承、記載文芸との比較を通してより広い視野から理解し学んでいく。
  • 伝承文学概説II, 2019, 講義形式の授業。| 伝承文学とは、文学を伝承性の視点からとらえる場合の一つの方法である。したがって記載文芸および口承文芸にとどまらず、広範な伝承文化全体の中から見出すことができる。私たちの生活文化を見直し、日本の民俗文化を理解するために、まずは記載文芸としての文学作品や口承文芸としての昔話、伝説、世間話などを対象として、その背後に存在する民俗文化の特性を把握する。さらには世界的に類似した口承、記載文芸との比較を通してより広い視野から理解し学んでいく。
  • 伝承文学研究IIB, 2019, 現在日本において「妖怪」は、人気のあるコンテンツとしてエンターテインメントの世界でもてはやされている。|「妖怪」を心意現象として、日本の常民文化における意義を初めて指摘したのは、柳田國男であった。|この授業では、現在エンターテインメントで消費されている怪異・妖怪文化を現代文化の一領域としてとらえ、その成立と変遷を、背景となる社会や民俗に注目して講義・解説していく。
  • 現代文化論, 2019, 伝承文学・民俗学は過去の「伝統的な」生活文化を研究する学問領域であると、一般に理解されている。|しかしそれは誤解である。|伝承文学や民俗学が人々のものか考え方や生活文化を対象にするものである以上、現代のさまざまな生活文化もまた、伝承文学・民俗学の貴重な対象となりうる。||特に現代日本の生活文化は、昭和後期の高度経済成長期以降、急速な変化・変容を遂げた。|この講義では、現代の生活文化における民俗の変化と創造に注目し、現代文化のありようについて、できるだけ具体的な事例を挙げて論じていく。
  • 卒業論文, 2019
  • 伝承文学講読I, 2019, 伝承文学や民俗学は、わたしたちとは関りの薄い、遠い過去の生活の中に存在するものであり、口承文芸は滅び去ったノスタルジックな文化だと思われがちである。|しかし、「伝承」がある集団に受け継がれる文化であり、「口承」の営みが個人の創意を越えた、群れの文芸意識の結晶であるとするならば、いま・ここを生きるわたしたちの生活の中にも、わたしたち自身の伝承文学や口承文芸が見出されてしかるべきである。|この講義では、わたしたちの生きるいま・ここにおける「口承文芸」を発見し、現代の文化を考察する調査法・研究方法を講義と講読を通して学ぶ。||前期は講義を中心とし、後期は論文の講読発表とする。
  • 伝承文学講読, 2019, -
  • 伝承文学講読II, 2019, 伝承文学や民俗学は、わたしたちとは関りの薄い、遠い過去の生活の中に存在するものであり、口承文芸は滅び去ったノスタルジックな文化だと思われがちである。|しかし、「伝承」がある集団に受け継がれる文化であり、「口承」の営みが個人の創意を越えた、群れの文芸意識の結晶であるとするならば、いま・ここを生きるわたしたちの生活の中にも、わたしたち自身の伝承文学や口承文芸が見出されてしかるべきである。|この講義では、わたしたちの生きるいま・ここにおける「口承文芸」を発見し、考察するための調査法・研究方法を講義と講読を通して学ぶ。||前期は講義を中心とし、後期は論文の講読発表とする。|

学外活動

学協会活動

  • 日本民俗学会
  • 説話・伝承学会
  • 現代民俗学会
  • 京都民俗学会
  • 國學院大學伝承文化学会
  • 日本口承文芸学会