柳宗元「天對」と楊萬里「天問天對解」と, 石本道明, 『日本宋代文學學會報』, 8, 102, 130, 2022年10月17日, 日本宋代文學學會
『詩經』「木瓜」義解管見 : 「喩」の機能について, 石本道明, 『國學院雜誌』, 123, 7, 1, 21, 2022年10月17日, 國學院大學, 『詩経』「木瓜」篇を典型として、『詩経』が果たしてきた社会的意義と、歌篇の内容を弁別し、その間を繋いだ「喩」の機能について論じた
江戸期『論語訓蒙書』の概念と範圍, 石本道明, 國學院大學大学院 特定課題研究報告書『江戸期『論語』訓蒙書の研究 第1集』, 第1集, 2, 10, 2019年02月28日, 國學院大學大学院
嵆康「卜疑集」管窺, 『國學院中國學會報』, 第62輯, 2016年12月25日, 國學院大學中國學會, 魏の嵆康の作「卜疑集」は、楚辞「卜居」の様式に従来は拠るものとされてきたが、文学発想としては「問難」を基調とした設問文学の影響にあることを論じた。また、嵆康の儒教否定の言説及び老荘志向の表明から、「純道家」とされる見解には賛同できない根拠を示した。そして、魏晋知識人の懊悩と逡巡を吐露して成立した作品であることを論じた。
淺見絅齋『楚辭師説』小考, 『國學院雜誌』, 第116巻第12号, 2015年12月30日, 國學院大學, 江戸期の儒者・淺見絅齋著『楚辭師説』に関する研究。江戸期の楚辞注釈書総覧、『楚辭師説』と文選読み、『楚辭師説』註釈の特徴、絅齋における「切ない心」と「忠」との関係、朱熹学論との相違について考察した。
日本における宋代詩文受容の画期について ――摺本珍重期を中心として――, 『國學院雜誌』, 第112巻第1号, 2011年01月15日, 國學院大學, 日本における宋代詩文の受容史に関して、4期に時代区分することを提唱した。第Ⅰ期を摺本珍重期とし、平安中期から鎌倉時代にかけて、貴族を中心にした宋版本珍重の風尚を捉え、宋代文学受容の前史と位置付けた。また、本邦初の舶来宋版本とされる『東坡先生指掌図』を東洋文庫蔵本で確認し、東坡偽託書であることも紹介した。
「楊万里「天問天対解」初探」, 『國學院雜誌』, 第111巻第2号, 2010年02月15日, 國學院大學, 南宋の楊万里「天問天対解」に関する論文である。現状では「天問天對解」を採り上げた先行研究が乏しい。そのため、「天問天対解」の評価に大きな影響を現在も与えている『四庫提要』の批評の妥当性から論じた。「天問天対解」は、元来柳宗元の「天対」読解のために注釈を施したものであるが、『提要』は屈原「天問」の註解として側面のみを批難している。よって、この論文では『提要』批評の不当性と「天問天対解」注釈の傾向を指摘した。
「顔之推「帰心篇」と楚辞「天問」と」, 『國學院中國學會報』, 第54輯, 1, 13, 2008年12月25日, 國學院大學中國學會, 楚辞「天問」の六朝期における展開を、『顔氏家訓』中の一篇である「帰心篇」を対象として考察したものである。「帰心篇」は、宋・王応麟『困学紀聞』等に「天問」との相似が指摘されている。しかし、形式のみの相似は認められるものの、「天問」における文学発想の中核である深刻な「懐疑」や連問の表現効果である「呵問」の継承はないことを究明した。そして文学史的な価値として、「帰心篇」は江淹「遂古篇」と同じく、六朝文学の風尚としての神祕的対象への関心が基底にあった作品であることに言及した。
楚辞「天問」の発想の原委に関する一考察, 『國學院雜誌』, 109巻第2号, 2008年02月15日, 國學院大學, 楚辞「天問」の懐疑発想の原委について論じた。神意絶対時代の時代から、神意懐疑時代へと人意が発展してゆく過程において、卜辞に見える単問表現から連問表現への推移の様相を示し、併せて懐疑発想の原委を考察した。
「楚辞「天問」整序研究管窺」, 『國學院雑誌』, 第107巻第8号, 1, 21, 2006年08月01日, 國學院大學, 楚辞「天問」の成立に関わる問題として、「天問」本文の排列について従来の説に批判を加え、自己の見解を述べたものである。「天問」の本文は、後漢王逸の序「文義不次序」をめぐって、議論が重ねられてきた。清の屈復の整序案提議以来、近年の蘇雪林は大胆な改変を加え、日本では、赤塚忠氏の本文整理、小南一郎氏による提案などが知られている。本稿では、それらの本文排列を比較対照表に統合し、その結果、諸説の問題点を指摘した。その上で、「文義不次序」という見解自体の誤解と、現存テキストの信頼性を確認し、整序論自体が不合理であることを論証した。
「楚辞「天問」研究小史」, 『國學院雑誌』, 第106巻第11号, 39, 50, 2005年11月01日, 國學院大學, 楚辞「天問」に関する研究を、最古の漢代から清朝に至るまで、問題点を明確にしつつ、新たに時代区分してまとめたものである。楚辞「天問」研究は、最古の注釈である後漢王逸の『楚辭章句』を起点とし、王逸の附した「天問」前序に示された見解を本に、各時代に於て研究が発展してきた様相を明らかにし、「伝承と追念作品の時代」「注釈と義解の時代」「研究と創見の時代」に区分し、前二時代の問題点を指摘し、史的発展に関して卑見を述べた。
「江淹「遂古篇」と楚辞「天問」について-本文解読とその比較」, 『國學院大學紀要』, 第42巻, 23, 47, 2004年02月01日, 國學院大學, 六朝詩人江淹の「遂古篇」は、楚辞「天問」に擬えた作品と言われてきた。それは、序文に「兼象天問」とあるためであるが、作品に即してその内容・発想を検証したものはなかった。本稿では、明代の「遂古篇」注釈を訂正・補足し、楚辞「天問」と形式・素材・発想の各面にわたって検証してその非継承性を明らかにし、主題としての「奇怪・不条理・非合理」の襲用を論じた。
「神々の官僚化-宋代祝文にみえる文学発想について-」, 『國學院雑誌』, 第100巻第11号, 34, 48, 1999年11月01日, 國學院大學, 『國學院雜誌』第100巻の特集テーマ「変革期における伝統文化」に鑑み、唐宋変革期における神々の変化の様相を、祝文に現れた文学発想を通じて明らかにした。人から神への言葉である祝文は、太古からの伝統襲用性の強いものと思われてきた。しかし、科挙及第者を基礎とする官僚化社会を迎えた宋代においては、その現世的変革が神々の世界にまで及び、神をも官僚と認識したことが祝文の分析によって、明らかとなった。ただし、そうした表現の深層にある文学発想は、実は太古から継承された伝統形式に、十分合致するものであったことも考察した。
「詩人白石小論-詩を論ずる前提となる諸問題-」, 季刊『日本思想史』, No.46, 63, 75, 1995年12月01日, ぺりかん社, 明治以降の、西欧的文学観によって、中国的文学世界に生きた「詩人」を研究する問題点について論じたものである。明治期においては、文学の価値転換が起こったというよりも、文学の指す範囲、ひいては文学の概念に変革が起こったのであって、両者を同一の語して論じることは、古典的世界の詩人たちを研究する上では、周到な留意が必要であることを、新井白石を例に論証した。
「東坡詠竹詩管窺」, 『國學院中國學會報』, 第38輯, 110, 128, 1992年12月01日, 國學院大學中國學會, 蘇東坡の黄州時期以降に増加する竹を詩材とした作品について,その中に託された心情と,彼の他の文章作品の間に見られる共通性を論じた。蘇東坡にとっての竹は,他の詠物の対象と異なり,彼が人生の挫折を経た中でつかんだ諦念と外面的表現よりも内在する“真”を写しとることが表現活動の核としていたことを明らかにした。
「黄州流謫時代の蘇東坡-「杜門」から「自新」へ-」, 『國學院雑誌』, 第93巻第1号, 1, 12, 1992年01月01日, 國學院大學, 蘇軾の黄州流謫期は,それ以前と以後の文学的傾向の画期となった時期である。その時期の,彼の精神的転換を,詩のみならず,文章・書簡を含めて総合的に分析を加えたものである。その結果,人間関係をとざす「杜門」から自らの再生を表現した「自新」の間に禅の影響が大きいことを論じた。
「御史台下獄中の蘇軾-精神的動揺と黄州と-」, 『國學院大學漢文学会々報』, 第36輯, 108, 123, 1990年12月01日, 國學院大學漢文學会, 現実的楽観主義者と規定されてきた蘇軾の,御史台公判中の作品を主に取りあげ,そこに見られる激しい動揺と,過剰な自省的精神を分析し,彼の他の時期に見られない特色を明らかにした論文である。この下獄中にしか見られない狼狽と緊張は,後の彼の作品の原点となったことを明らかにした。
「陸游酔中吟初探」, 『國學院雑誌』, 第91巻第4号, 11, 24, 1990年04月01日, 國學院大學, 陸游が「放縦」と評されるに至った行動に宿る心情を,作品中から分析的に論証したものである。陸游は,敵国・金に対する徹底抗戦を主張する官僚であったが,その主張を現実化する地位につくことは,できなかった。彼の作中に次第に増加してゆく「狂」の語は,老いることで自らの前途をとざされることを惧れ,若さを顕示するための強烈な意識に支えられていることを明らかにした。
「『烏臺詩案』前後の蘇軾の詩境-『楚辭』意識について 」, 『國學院雑誌』, 第90巻第2号, 62, 76, 1989年02月01日, 國學院大學, 蘇東坡のひきおこした宋代初の筆禍事件の記録である『烏台詩案』をとりあげ,その事件に至る彼の社会批判の精神を,その時期の作品から読み取り,その創作意識と楚辞との関係を論じたものである。『烏台詩案』の中で,査問の対象となった作品には,彼が楚辞を受容する課程で獲得した諷喩の精神と技法が横溢しており,後年の作品群と大きく異なる様相を示すことを明らかにした。
「蘇軾〈祷祝文〉小考-祷雨祝文とその関連作品を中心として」, 『國學院大學大学院紀要-文学研究科-』, 第19輯, 248, 274, 1988年03月01日, 國學院大學大学院文学研究科, 蘇軾の祷雨祝文全体を論じたものとしては,研究史上初めての論文である。蘇軾の祷雨祝文の表現分析とその古代的発想を共有する関連作品群の意味を明らかにしたものである。蘇軾の文学については,様々な角度からの分析が加えられているが,祷雨祝文全体については採り上げたものがない。しかし,彼は官僚人生全体にわたり祷雨祝文を継続して制作している。その祝文,古代の神への威嚇辞を駆使した伝統的な発想に立つものであったが,神をも官僚化して説得しようとする宋代独自の発想が融合していることを立証した。
「蘇東坡と屈原と-荊州滞在時の作品を中心として」, 『國學院雑誌』, 第88巻第5号, 17, 28, 1987年05月01日, 國學院大學, 今まで論考が少ない屈原や楚辞関連の蘇軾の詩・賦について,彼の文学活動の初期とされる時期に限定して論じた。蘇軾は,屈原の「離騒」を社会に有用なものと位置づけ,二十代前半から楚辞に倣った作品を実作した。それは,最晩年に楚辞の精神の継承を肉親や友人に勧めるに至る主張の萌芽としての意味をもつものである。そして,この時期の作品には,屈原の人生の積極面に対する追慕を中核として,現在にまで至る遺徳を顕彰する面と,屈原の高潔な精神を継ぐ者の絶えたことを憂い,現状を諷諭する精神の発露が見られることを明らかにした。
「蘇軾の磻渓祷雨について」, 『國學院大學漢文学会々報』, 第31輯, 212, 230, 1986年02月01日, 國學院大學漢文學会, 宋代合理主義の体現者とされる蘇軾において,祷雨文に関しては,古代的発想に基づくことを明らかにした論文である。蘇軾の初任地である鳳翔府において,彼は初めて祷雨文を制作しているが,それに伴って関連する詩をも生み出しており,この祷雨が,当時の重大な政治的行事であり,かつ彼の文筆活動の両面に亙る意味をもった作品群であると位置づけた。そして,蘇軾のこの祷雨文の特色は,神への説得様式は一つ一つの主張を経書で立証しようとする極めて論理的なものであるが,その発想においては,伝統を厳格に継承したものである。
「太宰春台の詩観-徂徠学の継承をめぐって」, 『日本文学論究』, 第44冊, 79, 86, 1985年01月01日, 國學院大學國文學會, 詩文重視の徂徠学派にあって,それまでの研究においては,文学に関して徂徠学を継承しないとされてきた太宰春台の主張について,彼の「詩論」を題材にして検討を加えなおしたものである。その結果,春台は,詩における「人情不変」を規定した徂徠の主張を継承し,その作品の中から「人情」を抽出,把握することが経済の学に不可欠であり,それが詩の存在価値であるという学説は,徂徠の影響を受けたものであることが明らかになった。しかし,詩文の実作は,初学段階においてしかその価値を認めない春台の主張は,彼を徂徠学の範囲から,逸脱させたものであることも併せて論じた。
「『蘐園録稿』成立に関する一考察-南郭・春台の対立をめぐって」, 『東洋文化』, 復刊第53号, 42, 54, 1984年07月01日, 無窮會, 詩文の実作を重視した古文辞学を主唱した荻生徂徠が,選者となって編纂したとされた蘐園学派唯一の漢詩総集である『蘐園録稿』について,はじめてその成立を論じたものである。『蘐園録稿』は,初期蘐園学派の詩を荻生徂徠が総括したものとされてきたが,現存の全版本の検討によって米沢興譲館本が享保15年初刷本であることを検証し,当時死の床にあった徂徠は,編集未了のままなくなったことを明らかにした。そして,それを徂徠選とすることについて,服部南郭と太宰春台の間に激しい論争があったが,その根底には,二者の詩観の相違があり,それが,徂徠死後の学派分裂の趨勢を暗示するものと位置づけた。
中村惕齋『論語示蒙句解』小考 : 学問は人格の陶冶のために, 石本 道明, 新しい漢字漢文教育, 69, 17, 27, 2019年, 全国漢文教育学会
江戸期『論語』訓蒙書の基礎的研究, 西岡和彦 石本道明 青木洋司, 明徳出版社, 2022年03月03日
國學院大學大学院 特定課題研究報告書『江戸期『論語』訓蒙書の研究 第2集』, 西岡和彦、石本道明、青木洋司, 國學院大學大学院, 2020年02月29日, 第2集, 西岡和彦、石本道明、青木洋司
國學院大學大学院 特定課題研究報告書『江戸期『論語』訓蒙書の研究 第1集』, 西岡和彦、石本道明、青木洋司, 國學院大學大学院, 2019年02月28日, 第1集, 西岡和彦、石本道明、青木洋司
『論語』ー朱熹の本文訳と別解, 明德出版社, 2017年11月25日, 青木洋司
『孔子全書』第13巻 『孔子家語』(1), 明徳出版社, 2014年03月28日, 吹野安, 『孔子家語』は、孔子及び孔門弟子の言行録で、『論語』未収の記事・逸話を多く輯録する。『論語』と並ぶ孔子に関する基本資料で、古くは「副論語」とも称された。本巻は、その第1巻並びに第2巻の訳注である。底本には宋蜀大字本王粛注を用い、何孟春補注及び諸書互見の類話を掲出した。また原文理解の一助として、邦儒冢田大峯の冢註、太宰春台の増注を引用し、別に筆者の註解・解題・参考書目を補った。
『孔子全書』第12巻 『史記』(2)付:史記部分索引, 明徳出版社, 2008年11月28日, 吹野安, 孔子伝記の基本資料である『史記』「仲尼弟子列伝第七」の訳注である。本文は三家注本とし、裴駰『史記集解』・司馬貞『史記索隱』・張守節『史記正義』全文を収録・訳注し、その理解を補うため滝川亀太郎『史記會注考證』を適宜引用し、また著者として説明を補った。
『孔子全書』第11巻 『史記』(1) , 明徳出版社, 2007年06月27日, 吹野安, 孔子伝記の基本資料である『史記』「孔子世家第十七」の訳注である。本文は三家注本とし、裴駰『史記集解』・司馬貞『史記索隱』・張守節『史記正義』全文を収録・訳注し、その理解を補うため滝川亀太郎『史記會注考證』を適宜引用し、また著者として説明を補った。
『孔子全書』第10巻 『論語』(10), 明徳出版社, 2006年05月01日, 吹野安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』子張第19・堯曰第20を収録した。
『孔子全書』第9巻 『論語』(9), 明徳出版社, 2004年10月01日, 吹野 安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』陽貨第17・微子第18を収録した。
『孔子全書』第8巻 『論語』(8), 明徳出版社, 2003年07月01日, 吹野 安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』衛霊公第15・季氏第16を収録した。
『孔子全書』第7巻 『論語』(7), 明徳出版社, 2002年09月01日, 吹野 安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』子路第13・憲問第14を収録した。
『孔子全書』第6巻 『論語』(6), 明徳出版社, 2001年07月01日, 吹野 安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』先進第11・顏淵第12を収録した。
『孔子全書』第5巻 『論語』(5), 明徳出版社, 2001年04月01日, 吹野 安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』子罕第9・郷党第10を収録した。
『孔子全書』第4巻 『論語』(4), 明徳出版社, 2000年12月01日, 吹野 安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』述而第7・泰伯第8を収録した。
『孔子全書』第3巻 『論語』(3), 明徳出版社, 2000年08月01日, 吹野 安, 概要は第2巻に同じ。本巻には、『論語』公冶長第5・雍也第6を収録した。
『孔子全書』第2巻 『論語』(2), 明徳出版社, 2000年04月01日, 吹野 安, 本全書は、孔子に関わる膨大な資料の中から、最も基本的で重要とされる文献を網羅し、訓読・現代語訳・注釈を施し、原文をも併録した、日本初の叢書である。全22巻の予定。第1巻から第10巻までは、孔子の思想を考究する上で根底となる言行録の『論語』を注釈した。注釈にあたっては、朱熹の『論語集注』を根底に、『論語集解』何晏・『論語集解義疏』皇侃・『論語注疏』邢昞のすべての関係箇所を引用し、理解の基礎とした。また、『朱子語類』によって『論語集注』自体を朱熹自身によって再注釈させる構成の研究書とした。第2巻には、『論語』八佾第3・里仁第4を収録した。
『孔子全書』第1巻 『論語』(1), 明徳出版社, 1999年10月01日, 吹野 安, 本全書は、孔子に関わる膨大な資料の中から、最も基本的で重要とされる文献を網羅し、訓読・現代語訳・注釈を施し、原文をも併録した、日本初の叢書である。全二十二巻の予定。第1巻から第10巻までは、孔子の思想を考究する上で根底となる言行録『論語』を注釈した。注釈にあたっては、朱熹の『論語集注』を根底に、『論語集解』何晏・『論語集解義疏』皇侃・『論語注疏』邢●のすべての関係箇所を引用し、理解の基礎とした。また、『朱子語類』によって『論語集注』自体を朱熹自身によって再注釈させる構成の研究書とした。第1巻には、『論語』学而第1・為政第2を収録した。
『朱熹詩集伝全注釈』第9巻(付 総索引), 明徳出版社, 1999年06月01日, 吹野 安, 概要は第1巻に同じ。第9巻には、周頌~商頌までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。また、80ページに及ぶ、篇名・書名・注釈の詳細な索引を作成し、検索の便を図った。
『朱熹詩集伝全注釈』第8巻, 明徳出版社, 1998年12月01日, 吹野安, 概要は第1巻に同じ。第8巻には、「大雅」生民~召旻までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『朱熹詩集伝全注釈』第7巻, 明徳出版社, 1998年08月01日, 吹野安, 概要は第1巻に同じ。第7巻には、「小雅」桑巵~「大雅」文王有声までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『朱熹詩集伝全注釈』第6巻, 明徳出版社, 1998年01月01日, 吹野安, 概要は第1巻に同じ。第6巻には、「小雅」小旻~裳裳者華までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『朱熹詩集伝全注釈』第5巻, 明徳出版社, 1997年10月01日, 吹野安, 概要は第1巻に同じ。第5巻には、「小雅」彤弓~雨無正までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『朱熹詩集傳全注釈』第4巻, 明徳出版社, 1997年08月01日, 吹野 安, 概要は第1巻に同じ。第4巻には、「国風」豳風~「小雅」湛露までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『朱熹詩集傳全注釈』第3巻, 明徳出版社, 1997年02月01日, 吹野 安, 概要は第1巻に同じ。第3巻には、「国風」斉風~曹風までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『朱熹詩集傳全注釈』第2巻, 明徳出版社, 1996年10月01日, 吹野 安, 概要は第1巻に同じ。第2巻には、「国風」鄘風~鄭風までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『朱熹詩集傳全注釈』第1巻, 明徳出版社, 1996年03月01日, 吹野 安, 概要本書は、『詩経』解釈上、最も重要とされる南宋・朱熹『詩集傳』の、本邦初の全注釈である。紀元前七世紀までに成立した『詩』は、後に『詩経』と呼ばれて五経の一に列せられた東アジア最古の詩集であった。中国の古典世界に多大な影響を及ぼし続けたこの詩集は、研究史だけでも二千年の長きに及ぶが、朱熹の『詩集傳』を以って画期とする。本書は、基本文献とされながらも、日本に注釈が無かった『詩集傳』研究の空白を埋める試みである。内容は、全原文・全注の訓読はもとより、難解語の語釈を全体に渉って施したほか、注釈には、古注の代表である「毛伝」・「鄭箋」の該当部分を引用して、朱熹との対照を容易にした。また、『朱子語類』の『詩経』言及箇所から、朱熹自身によって注釈の再解釈が理解できるように構成した研究は、本書が初めてである。第1巻には、「国風」周南~邶風までを収録し、巻末に、原文最善本である『四部叢刊』本の影印を付した。
『四字熟語活用辞典』, 創拓社, 1991年12月01日, 石本道明、平井誠二、石井孝、阿部正明、金杉文昭、浜崎俊次, 四字熟語への理解の深化と,使用への便宜を図って作成した辞書である。特に意味内容別のキーワード索引を付することで,語の検索を容易にしたところが新意である。また解説にそなえて,同義語・類義語・反対語を示し,出典の明示,使用例をも載せている。
講座 儒教を学ぶ ー『論語』と古礼と, 石本道明, 儀礼文化講座, 2020年02月09日, 儀礼文化学会, 東京都, 孔子はなぜ「切り目の不揃いな刺身」を食さなかったのか。儒教合理化の過程で、それに馴染まないこうした「古禮」が浮かび上がる。『論語』を例に「禮」の古体に言及する。
中村惕齋『論語示蒙句解』ー江戸期論語訓蒙書の研究ー, 石本道明, 第35回全国漢文教育学会大会, 2019年06月15日, 全国漢文教育学会, 京都, 江戸期に於ける『論語』訓蒙書研究の一端である。江戸期を通じて、最も読者を持ち、かつ明治以降にも漢籍國字解に収録されて二百年以上も、『論語』の啓蒙と普及に影響を及ぼした『論語示蒙句解』の体裁・漢字濁点・朱註尊重・著述意図・対象等を論じた。惕齋に於ける「学」とは「常人ヨリ聖人ニ至ルノ学」であり、常人を啓蒙して有為な人材に至らしめることが「訓蒙」であることを論じた。「義理ヲ心ニ得テ、氣質變化ノ益ヲトル」という構造の中に、訓蒙書が位置付けられることも併せて指摘した。
講座 儒教を学ぶー禮と樂と, 2015年09月13日, 儀禮文化學會:儀禮文化講座平成二十七年度第四囘
講演 『論語』で考えよう--日用の視点--, 2015年07月21日, 千葉経済大学総合図書館講演会2015年度第1回
講演 学とは何を学ぶことなのか~『論語』で考える~, 2014年07月16日, 千葉経済大学総合図書館講演会2014年度第1回
講演『論語』を読もう――日本人と論語――, 2013年12月15日, 柏市立図書館
講演「礼」――人を造るために――『論語』を読む, 2013年07月20日, 千葉経済大学総合図書館講演会2013年度第1回
講演「『論語』と礼と――心のかたち」, 2013年05月12日, 稲城地区道徳授業公開講座講演〔稲城市立第六中学校〕
浅見絅斎『楚辞師説』について, 2012年10月20日, 國學院大學中國學會第201回例会
講演「死と向き合う孔子--門人の死そして生きる意味」, 2012年07月21日, 千葉経済大学総合図書館講演会2012年度第1回
講演 「必ずや名を正さん乎」虚像の打破ーー『論語』を読むーー, 2011年07月15日, 千葉経済大学総合図書館講演会2011年度第1回
柳宗元「天對」管見, 2011年06月19日, 國學院大學中國學會第54回大会
講演 「怒れる孔子--『論語』を読む--」, 2010年07月24日, 千葉経済大学総合図書館講演会2010年度第1回
「注釈としての「天問天対解」について」, 2010年06月20日, 國學院大學中國學會第53回大会, 昨年の例会及び論文「楊万里「天問天対解」初探(『國學院雜誌』第111巻第2号)では、楊万里「天問天対解」に対する『四庫提要』の評価を吟味した。その内容は、『四庫提要』が「天問天対解」を「天問」の注釈として捉える見解を、第一義的には柳宗元「天対」の注釈であることを論じたものである。今次の発表はその後を承けて、その注釈の実際とその基底にある楊万里の「天」に関する認識を、『楊誠斎集』を資料として報告した。最後に、柳宗元が「天対」において、屈原と天との直接の問答と解釈している部分に関して、楊万里は柳宗元が「天理」を理解していなかったための誤りであると断じ、「天」と「人」との関係を「理」によって解釈する説に言及して、「天問天対解」の注釈の姿勢を論じた。
講演「『論語』と日本人-荻生徂徠の挑戦-」, 2009年11月07日, 千葉経済大学総合図書館講演会2009年度第2回, 市民開放講座としての講演会である。講演内容は、現在の千葉県茂原市に謫居していた時代を荻生徂徠が後に「南總之力」と称した実態と、『論語徴』が朱子学のいかなる点に批難を集中していったかについて、その関連を講演した。
「楊萬里「天問天對解」について」, 2009年10月03日, 國學院大學中國學會第192回例会, 南宋知識人の典型である楊萬里の「天問天對解」について発表した。「天問天對解」を採り上げた先行研究が乏しいため、その評価に大きな影響を現在も与えている『四庫提要』の批評を採り上げ、その不当性と注釈の傾向を指摘した。
「顔之推「帰心篇」と楚辞「天問」」, 2008年10月04日, 國學院大學中國學會第189回例会, 顔之推の『顔氏家訓』中の一篇である「帰心篇」と、楚辞「天問」とを比較し、「天問」の六朝期における展開を発表した。(論文名「顔之推「帰心篇」と楚辞「天問」と」)
講演「經世濟民の『論語』」, 2008年07月03日, 千葉経済大学総合図書館講演会2008年度第1回, 市民開放講座としての講演会である。講演内容は、『論語』の日本的展開として、山鹿素行・伊藤仁斎・渋沢栄一を採り上げ、その「經世濟民」の視点に立った論述を紹介したものである。
基調講演 『論語』で社会を創る ――澁澤榮一を通して『論語』を読む――, 2004年02月21日, 日本ビジネス実務学会